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5月25日(木)

――国立能楽堂特別企画公演――

能「巴」
狂言「越後婿」
平曲「横笛」

友枝さんです!!

よかったです\(^^)/
蝋燭の灯に惑わされたのではありません!!
だって、お約束どおり狂言はぐっすり寝たもの♪


昨日から(ホントはその前からすこしづつ回ってましたけど)本格的に回って、どうしょうか?
という感じだったのですが、
水曜日の源氏をサボり、今日、木曜日の源氏をサボって、とうとう行って来ました(^^)

もう〜、友枝さん最高\(^^)/

国立能楽堂の「月間特集平家物語の女たち」というので、5月は平家物語のシリーズだったのでする
「吉野静」「朝長」「通盛」とあって、今回は特別企画公演として、「平曲」も加えた公演でした。

蝋燭能というからには、場内には舞台と橋懸りに沿って置かれた数十本の蝋燭が主体です。
天井灯も消して、ただ、舞台屋根の内側の明かりだけは点けています。
かなり暗いけれど雰囲気あります(^^)

まず
平曲「横笛」
今井勉

当然初めて聞くお名前です。
プログラムを見ると「平曲演奏家・検校・国風音楽会会長・愛知県在住」とあります。

「平曲」は例の麻原美子先生の「平家物語」の時に、鈴木まどかさんという若手の演奏家の演奏を伺ったのでした。
それがまあねぇ・・・若手だし・・・ムムム(^_^;

でー、今夜は友枝さんと共演するんだからそれなりの方なんだろうと期待!!
橋懸りから手を引かれて出てきます。
あ!本当に目が不自由でいらっしゃるんですね。最近の琵琶奏者は健常者が多い、
と思ってましたから、逆にビックリ!!

まあ、歌は良いお声で、節回しも良いです。
でもさ、やはり、琵琶はペレンペレンとしか弾かないの(^_^;
平家琵琶って、やっぱりこんなん?
勿論音色は綺麗ですが、もうちょっと弾いて〜、というのは、私のような素人が思うだけですか?
それと、
筑前琵琶(上原まりしか聴いたこと無いですけど)が、娘義太夫みたい、って言ったのですが、
今夜の「平曲」を聞くと、平家琵琶は長唄の三味線ってところかな(^_^;
まあ、薩摩琵琶は豪壮・勇壮というか、戦場の鳴り物みたいに煩い感もありますが・・・
(これも演奏者らによるんでしょうねぇ・・・あんまり巧い、とは思えなかった(^_^;)
雅楽の琵琶は聴いたことが無いので(「越天楽」の中に琵琶ありましたっけ?)、
もう一ついえませんけど、みんなが抱いている琵琶の音色には、
薩摩琵琶が一番近かった、かも(^^ゞ

こうして考えるに、やはり後発の浄瑠璃〜清元なんかは有利というかソフィスティケートされている、というか、
詞も曲も演奏技術もよく出来ているんですね♪
まあ太夫と三味線と分業ということもあるのでしょうが、互いに互いをせめぎ合い、いたわり合って、
切磋琢磨の上の和という感じで二つの技術の融合、とも言えますから。
その点、琵琶奏者は弾き語りですから、単独芸の自由さと狭さを背反していますし、
一概には比べられませんけど、ちょっと、後攻の浄瑠璃はトクだ!と思ったのでした。

というわけで、これは一寸気を失った所もあったけど、まあまあ聞き終えました(^^)


狂言「越後婿」

すみませんm(__)m
これはシテとワキとアドが出そろった所で完全に熟睡m(__)m
なんでも囃子方が出るし、
万作さんと萬斎が地謡に出るという変わった狂言なのでまあ楽しみにはしていたのですが
つまらない!!
そこまで持たなかったのネェ(^_^;

実は場内暗いし静かだし寝るのにはとっても良い環境です(^^ゞ
隣の席のお友達が、
「よっぽと起こそうかと思ったけど、アンマリぐっすり寝てるし、狂言は寝る、と言ってたし」
とのことでしたm(__)m

時々意識が戻って、あー、萬歳が出てる、あー万作さんがいるー、おやすみ〜・・・zzzという感じでした(^^)
終わりだけはわかって、トイレに一目散♪



能「巴」

前シテ/女 後シテ/巴の霊 友枝昭世
ワキ/旅の僧  殿田謙吉
  笛       藤田六郎兵衛
    大鼓      柿原崇志      
小鼓      鵜澤羊太郎

これはですね・・・もう最高!!
友枝さんの本領が存分に発揮されました!!
というより、国立能楽堂の全出演者に感動!感激させられたのでしょう(^^ゞ
そういう意味では、蝋燭能という特別なシチュエーションの勝利ともいえるのですが・・・とにかくよかった(*^-^*)

まず、前シテの橋懸りからの出の美しいこと!
憂い顔の楚々とした風情で「面白や鳰の浦浪静かなる〜」と出てきます。
大変低く静かな声なのに、胸にズシンん響きます。
友枝さんは、舞台に出るだけで客席を圧倒するタイプではありません。
しかし、その揚幕から出たときの第一声で、その人物を納得させるオーラがあります(^^)

あ、衣装は紅入の華やかな唐絹です(^^)
プログラム村上湛氏の解説によると、
「この能の前シテをただの里女ではなく巫女にしているのは大切で」とありました。
は?巫女でした?

同じくプログラムに「平家物語」とは違うストーリーになっていること、
本来わが国では非業の死を遂げた貴人は、その祟りを恐れられて神として祀られるものだが、義仲は祀られていない!
「能『巴』は、非業の戦死者の霊魂を鎮撫する民俗と、あえて正史とは違った異説を語り伝える芸能の姿と、
この二つの視点に立脚した中世のドラマである」
ということが書かれていました。
要するに「非業の戦死者の霊魂を鎮撫する」という意味で、巫女という設定が生きる、ということなんですね。
シロトのおばさんは、そんなに難しく言わなくても、里の女でもいいんですが・・・
それも作者の工夫・思い入れりひとつなんでしょう。


ムムム・・・義仲大明神とかはないか・・・でも、ちょっと格がたりない、というか、
菅公とか早良親王とか、崇徳院・・・まあそのクラスだよネェ・・・征夷大将軍といっても、まあちょっと格落ちでしょう(^_^;

というわけで、恨みを残して死んだ義仲の、形見の小袖をモチーフに後シテに繋がるのですが。
その前シテの引っ込みも素晴らしい!!
心持顔を傾けて、という気がしたんだけれど・・・実はどうなんだろう・・・どうすればあの愁い顔ができるのでしょう?
面は何を使われたんでしょうねぇ・・・小面ではない、と思いますが・・・。
生々しい哀しみではない・・・遠い哀しみ・・・でも、体全体から湧き出る哀しみが感じられました。

後シテには勇壮な女武者の格好で出てきます。
広口(大口かな?)袴に厚板・烏帽子、脇に長刀を抱えています。
そうそう、「世阿弥が形式を整えた二番目物(修羅物)の現行曲で、女性をシテとするのは本曲が唯一」という記事も
プログラムに載ってました。

でも静なのだ、これが静々と、粛々と橋懸りを進んで行きます・・・でもチッチャイな、と思ったのですね!
人体の大きさ的に!
そしたら、本舞台に立ったら、ぐぅ〜んと大きくなって、凄いオーラが出てビックリ!!

何なんだ?

義仲が、最期の時まで女を伴ったといわれては恥になるから、と巴に別れを告げ、
巴が泣く泣く、周囲の敵を払いながら落ちようとしたところ、はや義仲が討たれて、その形見の小袖を頂き立ち去った、
という仕方話をして、長刀振りを見せます。
そして、最後は厚板と烏帽子を取って、(形見の小袖ということで)白小袖(白水衣)になって引っ込みます。

いやぁ・・・幽玄の世界、幽明境を異にするという境が朧になって、
今ここに見たのは現か幻か・・・巴の恨み、友枝氏の芸執か・・・
蝋燭の揺らめきよりも朧・朧の感動の中で涙が出そうです。

最後の笛のシメまできっちり余す所なく、
今日の囃子方の素晴らしさ!!
実は、お友達との第一声は、「友枝さん素敵でしたネェ」だったんですが、
直ぐ第二声、「それに今日の囃子方よかったですねぇ!!」だったんですよm(__)m

実は私、調べの時、なんとなくパッとしないかな・・・などと思ってたんですね(^^ゞ
いつも「お調べ」が聞こえると場内がシーンとなるのに、そうでもなかったし、
実際私もなんとなく「嗚呼・・・今日は仙幸様じゃないんだなあ」という感覚だったもので(^_^;
ところが、ところがヌァ〜ント、お笛がピーッとなった途端、ドヒャー・・・んー、そんな派手な感覚でなく、
しみじみとした、あ〜という深い思いが胸いっぱいに広がって、
そこへ、大鼓・小鼓ですよ〜!!

なんというか、謡い全体の一部に融合して、気が付いたら全てがひとつの舞台になっていたのです!!
あ、そういう意味で地謡も、存在すら忘れるほど、纏まって舞台の中に溶け込んでいました!!
今日は、友枝さんひとりではなく、舞台全体が一つの演技をしていたんだわ・・・今更ですが発見!!
感動だ!!



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