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2013年

10月07日(月)

歌舞伎座「義経千本桜」
―木の実・鮨屋―



2010年2月の「17代目勘三郎追善」興行から三年半ぶり・・・まあ、最初の一年近くは、まったく自分の都合でした(^_^;
丁度引越しもあったりで、落ち着かなくて、よっぽど行きたいものでなければ腰が上がらない気分でした(^_^;
若かりし頃は、お芝居行くのにシンドイなんてこと考えたことなかったのにねぇ(^_^;

まあ、2005年11月「熊谷陣屋」から2008年6月」「女殺油地獄」までだって二年半あいているんだけど。
これは、母が全く動けなくなっていたので、それで、ですねぇ・・・。
あれだけ芝居好きだった母が、ベッドから動けなくて、それを尻目に歌舞伎行ってきます、ってのは、ちょっとねぇ(^_^;
でも、その代わり、母が嫌いな宝塚にはけっこう行ってたし、他の舞台は行けたんですが(^^)

やはり、3・11で、義兄達が被災して、仮設住まいになって、
姪の一家も故郷を遠く離れて避難して、いろんな嫌な思いに耐えているわけだし、と思ったらねぇ。

それに引き換え、私は浮世の義理を言い立てて、お友達とランチして、カルチャー続けて、整体にも行かせてもらってます!!
・・・少なくとも、観劇くらいは自粛しなくちゃ・・・せめて三年くらいは、と思っていたんだけど(^_^;

まあ、自分がもたなくなった!というのは大きいです。
体調悪くて外出はちょっとなぁ、と思う日も増えてきたし、夏の骨折も、骨折自体は大したことなかったけど、
ショックは大きかったです(^_^;
そこへ、三津五郎の入院騒ぎですよ!
日記にも書いたけど、これはショックもショック・・・自分で考えていた以上の言い知れないショックでした!!

勘三郎や、玉三郎・仁左衛門は何時死んでもおかしくない!!
不世出の大スター!一代の天才ですからね(^_^;
こっちにも、ある意味覚悟が出来ています(^^ゞ
逆に、もし、イメージ壊すようになるなら、もう舞台出ないで!くらいの気持ちはあります。
ファンの方、ごめんなさいm( )m

でも、三津五郎とか吉右衛門は努力の人で、長生きして、芸を全うして、人間国宝になる、そういう人たちです。
それが、三津五郎が!
話が違うじゃん!!

私自身、いつまで歌舞伎に行かれるか?って所もありますからね(^^ゞ
そういう意味で、骨折も良いきっかけにはなりましたm( )m
大体、美術館周りができなくなったでしょ(^_^;
あの、一日に、三つも四つも美術館・博物館掛け持ちしている頃には、こんな日が来るとは思いもしませんでした(^_^;

というわけで、一寸フライイングですが、二年半で自粛を解かせていただきましたm( )m

それで、とにかく、孝夫さん!と思って、「いがみの権太」を取りました(^^)
最近、病気休演が多いので、私が見る日までは、無事でいてね!とm( )m

そしたら、孝夫さんが右肩を痛めて休演!と聞いて、ひぇ〜ッと思ったけど、10月はそのまま出て、
11・12月を休演と聞いてホッ!!
そりゃあ、孝夫さんの「いがみの権太」のためにチケット取ったんだからさ(^_^;

というわけで、当日ね・・・。

で〜、這ってでも行くぞ!と言ってた通り・・・這うほどじゃないけど、けっこうしんどくて(^_^;
どうせ行くなら、リニューアルの歌舞伎座全館と、銀座も一寸歩きたい♪と思っていたんですけど・・・。
致し方ない!地下からまっすぐ!というコースで行きました(^^ゞ

ただ、我が地元のバスが最近かなり時間がかかるので、一時間くらい余裕を持って出たら、
ホントに一時間早くついてしまい、否応なく時間つぶしに庭園だけは見てきました(^^)
凄いですねぇ・・・エレベーター、一台しか動かしてないせいもありますが、
延々長だの列で、ディズニーランドみたいに並んで待つのよ・・・まあ10分くらい?だけど・・・。
そんなに時間が余っているわけじゃないから心配しちゃいました(^_^;

逆さ鳳凰が話題の階段も降りて、アレレ・・・「嵐にしやがれ」でもやってたんだけどなぁ(^^ゞ
「ほら、あそこ、あそこ」なんて教えてくれる、親切なおばさんもいたんだけどなぁ・・・わからないよ(^_^;

ま、いつまでも探し続けるのもしんどいので、ソコだけで、もう四階からエレベーター乗って下に降りました。
四階の通路のフロアには、物故した名優の舞台写真がパネルにして展示してあります。
これも、いつかゆっくり眺めたいですね♪

既に開場していたんで、入って、ソコソコ館内を見て、三階までエスカレー(*^^*)
ねぇ〜♪これがありがたいm( )m
以前は、エッチラオッチラ階段上ったの・・・それはそれで、けっこうよかったンだけど(^^)
何が?
階段踊り場の絵!国宝級の川端龍子とか前田青邨とか・・・ん〜、鏑木清方もあったよね・・・。
されが目の保養になったし、
一階から二階へ行く階段は、一寸好きでした(^^)
日生ほど豪華じゃないけど、いかにも、オペラハウス的というか大劇場の階段よ\(^^)/
三階も、ちょっと土産物屋が増えて華やかです(^^)

そういえば、あまり館内見る時間がなくて、間違ってるかもだけど、一階〜二階って吹き抜けなくなった?
吉兆が食事どころじゃなくて甘物やになった?


さて、本題。

「木の実」は、実は一回しか見てない・・・と思う。
大体、昼の部の序幕なら絶対カットの人だし、
夜の部の序幕だと、若かりし頃はお勤め帰りに行くので必然的に見られない(^_^;
なまじ、四時半に終わって、五時には飛び込める、と思うと、早退してまで、って思うじゃない(^_^;
まして、当時は殆ど毎月見ていたんだからさ・・・毎月早退なんて出来ないですよ(^_^;
当時は、なんで歌舞伎は四時に始まるの?と思ってた!
宝塚だって、五時半、越路吹雪なら6時ですよ〜(^_^;
オペラやコンサートなら7時開演なのにねぇ〜!!

だから「木の実」は一回しか見てないよ・・・たぶん。

で、今、だれの見たかな・・・?と思い出していたんだけど、全然思い出せない(^_^;
誰の権太で見たのかも憶えてないんですよ・・・・ひぇ〜?こんなにボケたか?

でー、歌舞伎のプログラムの「上演記」を見てやっと思い出した・・・ってか、これしかないだろ?
というのが、昭和54年9月の歌舞伎座の17代目勘三郎の権太、で小金吾が勘九郎(18代目勘三郎)、
・・・これを見たというのを思い出したのは、又五郎の弥左衛門と、藤十郎のお里を思い出したからです。
この二人がよかったのですねv(^^)
それと、まあ、私の年齢、幾つ頃に見たか?という現実的な思い出(^_^;
で〜、実は、これ以降、見てないんでしたm( )m

勘三郎の「いがみの権太」は・・・正直言ってあまり覚えてない(^_^;
よくなかった、とは言わないですけど・・・ムムム。
基本、松緑です。勿論二代目。・・・これは何回か見てます。
(と、探したら、二回くらいしか見てなかった(^_^;・・・後、VTRは見てるしありますけどね(^_^;)

あと、富十郎は・・・2〜3・・・2回は見てる、と思って、この上演記録で探したんだせけど、
竹之丞当時の新橋演舞場しか該当してない!

ショック(^_^;
あの頃は、竹之丞がかなりご贔屓で、
猿之助(今の二代目猿翁)と納升(後の宗十郎)・田之助の四人の奮闘公演はかなり通ったからね♪

あ、今気がついた!!
平成7年の歌舞伎座だ!
なんで、わかったか?というと、宗十郎のお里ってソコしかないんだ!
見てないものは全然思い出せないけど、見てるものは、思い出すもんだわね(*^^*)
とすると、私が「いがみの権太」見た最新は平成7年だ!
ギャア、18年ぶりだよ!!

延若を見ていると思うんだけど、・・・昭和45年の10月だというの?!
芝翫の惟盛・田之助のお里、・・・見たと思うのですが、このキャストは何度も見ているので・・・組合せは違うかもた゜゛けど。
延若、大好きでした\(^^)/
私が延二郎(当時)っていいね、と言ったら、母が、「へぇ〜、あんた、古風な顔が好きだね」と言ったのよね(^_^;
芝翫の時も、「福助(当時)っていいねぇ」と言ったら、同じこと言われたんだわ(^_^;

実は、↑でも言うとおり、一番、目に残っているのが、松緑の権太・梅幸の弥助・雀右衛門のお里、
ここまで思い出すと、あの時は確か・・・と思い出し続けて、たぶん、このキャスティングだと48年10月の歌舞伎座だなぁ、
と思い至る(^_^;
当時のプログラム探してみればいいんだけどさ・・・戸棚に仕舞い込んじゃって・・・あれ、毎回鑑定団に出そうか、
ネットオークションに出そうか悩むのよね・・・お水のダンボールで何箱あるんだろ?溜息。
あら、話が逸れた(^_^;

で、まあ、つらつら書くというのは、はっきり言って、今月の「鮨屋」、私は、あまりよくなかったのですよねぇ(^_^;
孝夫さんがどうこうというより、
えぇ〜!あんな演出ってありかぁ〜?というところなんだよね(^_^;
というけど、歌舞伎の場合の演出って、主役のやりたいようにする、ってことでもあるわけで、脇は、主役の意図に沿って、
主役がやりやすいようにする、主役の邪魔になってはいけない!ってことなんだけどね。

大昔の名優・・・確か、15代目羽左衛門だと思うんだけどに、
同じ場に出る弟子が、「ダンナ、ここはどうやったらいいんでしょう」って聞きに行ったら、
「好きにやんねぇ。お客はどうせ俺を見ているんだ♪」って言ったそうです(^^ゞ
勿論、この名優、とっても無邪気なお人でさ、今の役者のような小難しい事考えてる人じゃないんで(^_^;
お客もおおらかで、
今のように、舞台の隅々まで目を凝らして、アレコレ粗探ししている人は少ないんで・・・アレレ?部がワリイな(^_^;

まあ、孝夫さんの権太は上方の型と江戸の型をミックスしているわけです。

2004年の歌舞伎座公演の渡辺保氏の批評では、
(この公演の、渡辺評が間に合わないので、参考までに、載せておきます。)
「仁左衛門の「千本桜」の権太が面白い。」(「渡辺保著、“批評という鏡”マガジンハウス版より)、とありました。

仁左衛門の「千本桜」の権太が面白い。
従来の上方型(鴈次郎型、延若型)を基本に東京の菊五郎型も加え、何よりも自分自身の工夫を加えた、「仁左衛門型」ともいうべき
独創的な型をつくっている。その工夫が面白い。昼の「新口村」といい、この権太といい、今月は仁左衛門大当たりである。

この権太の特徴はおよそ四つある。第一に上方色濃厚なこと。第二にスピーディで芝居がトントンと運ぶこと。第三に人情味に溢れていること。
そして、第四にこれがもっとも大事なことであるが、かどかどの輪郭がはっきりして義太夫狂言の格に嵌っていることである。

というわけです。
勿論、その後、上下段組の書籍、三ページに亘って、細かく書いてあります。

でね・・・、私としては、いちいち、ごもっとも、と思いながら、でも・・・しっくりこない、んだよね(^_^;

上方色濃厚なのはよい、と思う。
でも、その上方色って何なんだ?

私は、まず、この権太を見て、藤山寛美だよ!と思ってしまった!!
いや、藤山寛美が悪いというのじゃないよ、そこは勘違いしないで欲しい(^_^;

だけど、藤山寛美は「松竹新喜劇」です。
先日の「SONGS」では、娘の直美が「松竹新喜劇の基本は歌舞伎です。歌舞伎知らんとどもなりません!」
と、喝破していて、さすがやなぁ!と思いましたけど、
基本は基本であって、歌舞伎と新喜劇が同じものではない!
歌舞伎とお能は違うでしょ。

まして、世話場と言っても、これは「時代物」の中の「世話場」なんだぞ、と思うのよね〜。

孝夫さんは時代も世話もオールマイティだし、江戸前の時は江戸前のイナセな男前♪
「封印切り」や「廓文章」では、華やかで愛嬌があって、弱いけれども憎めない和事の味をしみじみと出してます♪

孝夫さんの、権太もすっきり振りは江戸歌舞伎です。
上方和事のやんわり・ふんわり・まったりではない。
「封印切り」や「廓文章」のジャラジャラとして、それでいて、母性本能をくすぐる色気ではなく、
孝夫さん独壇場の悪の華なんですよね。
そこへ、新喜劇の色をつけていいのか?

たとえば、「木の実」で、子供に惹かされて、今夜は帰らないはずを一緒に返ることになる。
「冷てぇ手だなぁ」と、温める所は鬼の目にも涙だぜ、とほほえましい♪
引っ込みで、足の先で女房の裾をまくる、というところまではよい・・・愛嬌だよね。
・・・ああ、「木の実〜小金吾討死」はよかった、と思う(*^^*)

だけど、「鮨屋」の場になって、
「おふくろは もったいないが だましよい」を地で行く母親に甘えるのもよいが、膝枕はどうだろう?
また、女房・子供を身替りにした、というのに、泣きが見え見えで薄っぺらく感じるじるのは、私だけ(^_^;
ことに、景時に促されて、「つらぁあげろ」と、子供の頭をぐっと掴んであげるトコ、小せんの顔に足をあげるトコ、
両方をためらうのはいかがなものか?
涙を隠して、煙たいマネをするのは、これは良いと思うんだけど、
その挙句、褒章の陣羽織を引っかぶって泣き伏すのはやりすぎたよ、と私は思ったんだ(^_^;

孝夫さんは、プログラムの中で、

権太はおとっつぁんに勘当を許して欲しい、認めてもらいたいと思っている。
父親に喜んでもらいたくて惟盛(弥助)を助け、褒められようと思ったところを、父親に刺されます。
私は、その一瞬の違いの悲劇を強調します。

と言ってました。

勿論、その悲劇もあるんだけどさ、親子の別れ、すれ違いという悲劇は現としてあるんだけれど・・・。

松緑の権太の細かくはおぼえていません。
VTR探せばあるはずなんだけど・・・そのうち探したい。
だけどよかった!と思う。
あんなにチョコチョコ泣きを見せなかった、と思う。
だから、最後に刺されて苦しい息の下で、下衆の知恵で、身替りで目をくらましたと思ったところが、
頼朝・景時に踊らされていたのかという述懐が悲しいんだよね(^_^;
誰のための、何のための犠牲だったか?という・・・。
ここが生きない!
ここの孝夫さんが良いだけにもったいない、というか、前のヨワッチィ権太が悔しいんだよね。

そういえば、↑の「批評の鏡」の中でも、渡辺氏が、「木の実」に関して

主従を見送って床机に上がって悪態をつくのはいつも通りだが、女房に見つけられて、「何もしてへん」というあたりから
また芝居ががらりと変わる。それから床机へすわってしのし倍、善太との芝居、ここらがユーモラスで吉本新喜劇風の面白さ、
しかもトントンと運んで田舎のごろつきの生活観に溢れてうまい。

と書いてる。
ウーム、吉本新喜劇風?
もっといかん!と、私は思う(^_^;
だけど、今回は、そこまで堕してはいなかったなぁ・・・「木の実」はよかったと思ってます(^^)
だから、余計に悔しいんだよ!!!!

勿論、父親に認められたい「エデンの東」症候群。
だ・け・ど・・・
世話場であっても、時代物の中の世話場だということを忘れてはいけないんじゃないか(^_^;

アレコレ、断片的に憶えている型と台詞と、何より権太像としてのイメージでありますね。

その松緑が言ってるのですね。(「松緑芸話」講談社文庫)

「木の実」は「鮨屋」の端場のような幕ですが、ここの権太は非常に難しいんです。
素人の方は「どこが難しいんだ」と言いますが、ここの権太はとにかく難しくって、若いうちはとてもじゃないができっこありません。
それでいながら後の、「鮨屋」への伏線がいっぱい張ってある大切な幕でもあります。

孝夫さんも、「木の実」は大事にしていて、
自分が権太を演じる時には、(初演の時はダメだったらしいが)、
「鮨屋」の前に、必ず、「木の実」をつけるらしい。

そうそう、「木の実」で、権太が、わざと荷物を摩り替えて、戻って来て、
小金吾にイチャモンをつけて、小金吾が抜きかかる、権太が足で押さえる、その場面が、ね、これは鮮やかでした\(^^)/

渡辺氏は、

小金吾が刀を抜きかけるのを左足で止めるお約束の見得は、右肘を下についているために少し形がすっきりしないが、
これはこの人が長身のゆえ仕方がない。

ってね書いてましたが、私は、ほぅ、キマットルゼ〜♪と喜んでました。
ここ、むずかしいんだそうです。

↑の「松緑芸話」でも、触れてましたが、

権太は、できるだけ足をまっすぐに伸ばしていなくてはいけません。小金吾の力と権太の力とで支え合うわけです。
つまり、小金吾も押さなくてはいけないんですが、押しすぎると権太がひっくり返ってしまう。といって、力が足りないと
権太が保ちません。そのために「木の実」ではまず小金吾をやらせておいて、このコツを覚えさせるわけなんです。

これ、孝夫さんは当然だけど、小金吾を褒めてやりたい(^^)
小金吾は梅枝!!
最初、え〜、梅枝?!女形じゃん、できるか〜?と思ったけど、
まあ立派!!
「木の実」も「小金吾討ち死に」も凄くよかったv(^^)
台詞といい、立ち居振る舞いといい、もう文句なし(^^)
時蔵がこれくらいの年で、こんなに出来たか?と思う(^_^;
あの人は、とにかく綺麗なだけで、凄く萎縮していた記憶ばっかり(^_^;
それにしたら、梅枝といい、萬太郎と言い、良い役者に育ってるわよねぇ♪
ただ、萬太郎は、次男坊の悲しさと、何よりチビでブスイからか役がつかないみたい・・・巧いんだよ!!
誰か見ている人はいないのかな・・・。脱線。

で〜、「木の実」の若葉の内侍の東蔵!私のご贔屓なのに!
何度もやってるはずなのに!!
動かなけりゃいいの。台詞もいいのです。
だけど、立ち上がって動くと、所作、特に歩く後姿がありゃあ、町場のおかみさんだよ!
だから、鮨屋になって、小せんの着物に取り替えて出てくると、そのままおかみさんの動きです(^_^;
やだわぁ・・・なんだか、東蔵、実力あるのに恵まれない!っていつも書いてたのが馬鹿馬鹿しくなった(^_^;
まあ、前向いて台詞言ってれば、立派な若葉の内侍なんだけどねぇ・・・(´∧`)〜ハァー溜息。

歌六の弥左衛門は、もう手に入ってる感じです。
特に、この人も「小金吾討死」で、小金吾の首を落とす決意をするところが良い。
そのわりに、鮨屋はよくない。
鎌倉幕府の使者たる梶原景時を偽首でだまそう!とさっきまでは思っていたのに、普通のジジイになっちゃった、って感じ。
それに、子供が遊んでいる中に、権太の子供はいるかと聞いて、
「どこの権太と聞かれても、いがみの権とはよう言わぬ」っての泣けないなぁ(^_^;

そういえば、権太の母(「お米」という名前だったのねぇ・・・初めて知ったm( )m)
今までろくなものを見た記憶がない(^_^;

嘗ては、名優「多賀之丞」も勤めた事があるというのに、その子の菊蔵だって、ソコソコ名優だったのに、
そういう名優のには当たったことがないです。
良いもの見たという記憶がない(^_^;
ので、こんな所なのかな・・・?
この人も後ろを向くと男丸出しだよ!!
脇でも老婆でも女は女!
五段目の「おかや」が後ろ向いたらジジイになってたら、笑っちゃうでしょ?

さて、小せん!
今や、ラブりんパパとして有名で、テレビにもお出ましになる秀太郎(^^ゞ

昨今、著しく腕上げて、一時の我童のようになってきて、オバサンは猛烈嬉しい(^^)

ただね、これまで見た小せんてさ、殆ど「鮨屋」だけの小せんなのね(^_^;
で、大体、猿轡されて、ボーっと立ってるだけでさ、身替りにされた女房の悲劇なんて、感じたことない!!
大体、批評でも、無視されていたと思う(^_^;

その手の小せんに比べたら、というか、くらべものにならないほどよかった♪
但し、これは、やはり、前幕の「木の実」効果が大いにあるんでしょうな(^^)

うなだれて、顔を背けたりするしぐさとか見ると、さぞや辛かろう、切なかろう、と思う、んだけども、
本来は、覚悟を決めて自分から言い出したことで、たとえ、一介の村女房であっても、もう一寸シャンとしても良いんじゃないか?
つまりは、水商売上がりの気の強さ、悪人権太の女房としての覚悟があってもいいかな、と思うのですね。
「木の実」も「鮨屋」も、性根が良い人であるのは良いとしても気が弱すぎる、と思います。

きっと、今までだって、そういうしぐさをしていた役者、その心持で出ていた役者もいたんだろうけど、
「木の実」をすっ飛ばして見ていたバカな見物客(私のことです!)にはわからなかったんだろうm( )m
こういう時、自分の無知を恥じますし、
それでいて、こんなんねゴチャゴチャ書き続けていいんか?と無恥を恥じますm( )m
目明き千人、目暗千人のたとえがその通りです。ごめんなさいm( )m

と、言いつつ・・・。

さて、お里。
これがまた、問題でね・・・孝太郎はよくやっていたと思う(^^)
この人は、どちらかと言うと武家女房とか、カタハズシというのが似合うと思うんですよ。
娘でも「お姫様」・・・なかなか赤姫はつけてもらえないだろうが、金閣寺の雪姫なんか良いと思うんだけどね(^_^;
というか、やらせたいm( )m・・・・何気に買ってます!!

だから、こういう村娘、野崎村のお光にしてもさ、ちょっとむずかしいんじゃないの?と思ってました。
そしたら、意外や意外!けっこう行けてる♪
でもさ、そうすると、「あにさん、ビビビビ・ビー」はやらせすぎ!しつこい!嫌味!!

これはね、雀右衛門の「あにさん、びびび」が、もぅ可愛かったよ〜(*^^*)
こういうところで、あっ、可愛いな、いじらしいな、と思わせなくちゃ、ただ色っ早いはねっ帰りに見えちゃう(^_^;
ここで、可愛く引っ込むと、後の「情けないお情けを」とか
「雲居に近い御方に鮨屋の娘が惚れらりょか」と泣き崩れる時に、ぐっと胸に詰まるのよ(^_^;
おぅ〜い。演出家。なんとかしろよ!

そうそう、孝太郎が、映画で昭和天皇をやったでしょ。
あれ、勘三郎が進めたんですってね。
奈良橋陽子がキャスティングプロデューサーかなんかで推薦して、口説いていたんだけど、
歌舞伎を半年くらい空けなくちゃならない、というんで、孝夫さんも反対してるし、孝太郎は断っていたんですって!
そしたら、それを聞きつけた勘三郎が、ぜひやりなさい、やらなくちゃいけないって!!
孝夫さんにも勧めてくれたんだそうです(^^)
それで、やってよかったって!・・・そういう時、何気に涙が出る!こんなトコにも勘三郎が撒いた種が花をつけてるって♪
そういえば、マッカーサーやったトミー・リー・ジョーンズって、
元々が親日家で、昔からの歌舞伎ファンなんですってね。
それもビックリだった(*^^*)

で〜、弥助は時蔵。
梅幸や芝翫と比べちゃ気の毒m( )m
女形の時より良いとは思う。
ことに弥左衛門に直されて、すっと変わるところはよかった(^^)
でもさ、なんというか、それがこの人の特徴なんだろうと思うけど、鮮やかじゃないんだ!!
はっと、こちらがひれ伏すような変わり方じゃないんだよねぇ(^_^;
弥助が惟盛卿に変わる、たしかに変わってます・・・それで?ってか、ね。
おおどかな、大振りな、ある意味大雑把な・・・それが、この人のよい所でもあり、私がムムムと思うところでもあるんだよね。

梶原景時は我当。
これがどうしたことか?病み上がり?!
偉く老け込んで声にもいつもの張りがない!!
しかも、ビッコ引いてる・・・どしたの〜?
この時代になると、我当とか左団冶・弥十郎・歌六なんて所は、主役級より大事なんだよm( )m
大事にしてくださいませm( )m

そうそう、気にいらねぇ!と思ったのは、「小金吾討死」のツケ!
もう、切れ味悪いはウルサイは・・・大体、こういう時、良いツケが打っていると全然気にならないのね(^_^;
耳障りだったり、ヘタなツケだったりすると、誰だ?こんなツケ打ちやぁがるのは?!と思うんだよね(^_^;
スミマセンね!良いツケが入ったときに気がつかず、うるさい時だけ文句言うって!!

ムムム・・・ま、久しぶりの歌舞伎で、もう一寸盛り上がりたかったな、という気持ちはあります(^_^;
だけどまあ、孝夫さん見られたしね・・・ソコソコよかった。
嗚呼!本日一番は梅枝!!


まあ、見るものを見て、丁度7時に終わったので、余裕で帰宅。
歌舞伎座に入る前に手繰った掻揚げ笊蕎麦が大盛り?でお腹も満足しているので、
帰宅してお茶飲んで、良い気分で寝ました(*^^*)

ああ、でもねぇ・・・全部見ても、8時45分終演なのです(^^ゞ
始まりも4時15分ですよ!
まあ、お仕事帰りには間に合わないけど(^_^;

昔は、終演9時半はざらで、9時50分ていうのもあった(^_^;
それで、それだと終演がずれて、10時過ぎになることもあったんだよね(^_^;

うちの門限は10時半だったから、あせったなぁ・・・まあ、巧く滑り込めば50分で帰宅できるとこだったので、
ホントに綱渡りした(^_^;

それが、今じゃ、歌舞伎も9時前終演ですよ。
どこの芝居も、夜の部が売れなくて困っているそうです。
特に東日本大震災以来、夜になって、もし交通機関が止まったら?!っていうことを誰もが考えているそうで(^_^;
また、余計な話m( )m

そうそう10日の朝日の劇評では、
見出しが「仁左衛門、丁寧に紡ぐ心理劇」とあって、天野道英氏が、
「仁左衛門のいがみの権太が上方の型に東京の型を加え、手の切れるような鋭い心理劇を工夫している。」
とあったですなぁ(^^ゞ
渡辺保さんの批評がどうかな?と思って見に行ったんだけど、まだ9月公演しか書いてない。


しかし、歌舞伎座、
元々アクセスは超便利なんだけど、地下鉄の階段スペースが狭くて押し合いへし合いという感じだったのですよ〜!
それがまあ、凄いわねぇ〜\(^^)/
この地下鉄からのフロアが凄く広がって、おみやげ物屋もあるし、
歌舞伎座のチケットショップ・タリーズコーヒー・コンビニ・コンビニで買ったお弁当を食べられるスペース!!
テレビにもたくさん映っていたけど、現実に見ると本当にすばらしいですねぇ\(^^)/
まあ、とにかく、オバサンとしては、三階までエスカレーターで上がれるというのは、今後のこと考えても感謝m( )m

そうだ!ドジというか・・・当日、私の隣に松葉杖の方がいらっしゃったのですねぇ(^_^;
で、つい、うっかり、あら、あなたも骨折て゜すか?と聞いちゃったオッチョコチョイ!
それは私ですm( )m
後ろの方の席でも、先月手術して・・・なんておじ様の声が聞こえたりして・・・歌舞伎ファンはジジババが多いからねぇ(^_^;
ちなみに、私の隣にいらした方は、骨折ではなかったのです。
あまりにもぶしつけなオバサンにサラリと回答してくださいましたけど、
失礼なこと伺ってごめんなさい、とお詫びしたら、いえいえ、とニッコリm( )m
年甲斐もないオッチョコチョイ!ホントに困ったオバサンです。






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