8月24日(火)


「世紀の祭典ー万国博覧会の美術」展

東京国立博物館

久しぶりに国博に行ってきました(^^)
歌舞伎座の前に行こう、と予定はしていましたが、時間的に大幅に削ってしまい
(寝坊したから(^_^;)大変でした!!

なんたって、数量的に半端じゃありません(^_^;
あのだだっ広い国博の展示室にさらに細かく区切って壁を作り、その壁をその半端じゃない展示品が埋め尽くしています(^_^;
一瞬、これは何なんだ!!?と思うほどです(^_^;
思えば、現在常設展示室の本館をリニューアル中なんですね・・・だから、所蔵品置いとくところがないんじゃない?
そんな具合です(^_^;
だって、あの高村光雲の「老猿」が十束一絡で展示しているんですよ!!
あんまりだ!!
と、いうわけで、ブツクサ言いながら・・・実際はそんな余裕無く必死に見て回るのです(^^ゞ
国博からのメルマガには、

ロンドン・ヴィクトリア&アルバート美術館所蔵の1867年パリ万博に日本から出品された作品、
オーストリア応用美術館所蔵の1873年ウィーン万博に出品された
日本の漆工、金工、陶磁、七宝作品など、海外からの出品もあります。

ということでした。

展示室の分け方に沿って行くと・・・というより展示目録を眺めながらですが・・・

第一部 万国博覧会と日本工芸

第一章万国博覧会 東西が出会った

1. 万国博覧会 ウィーン発フィラデルフィア経由パリ行き
2. 内国勧業博覧会と『温知図録』
3. 工芸史の輸出
4. 明治の輸出工芸
5. 西洋が選んだコレクション
6. ジャポニスム
というテーマ分けがされていますが、どこに何が入るか、よく覚えてませんm(__)m

まず、最初のコーナー、入って直ぐ右手、ここは蒔絵の香箱や煙草入れ、七宝花紋銚子などが展示されてました。
初っ端から、偉い細工物でスゲェ♪と一人呟く(^_^;
もう、これから蒔絵・蒔絵・蒔絵・・・・漆は海外でもJAPANと呼ばれるそうですが、
漆工芸の最高峰ともいえる蒔絵は、まさに日本の美そのものですねぇ(^^ゞ

ことに香箱は意匠を凝らすので素晴らしいものが多いです。
「筝形」は香箱にも短冊箱にも使われますが、筝の微妙なカーブが作者をひきつけるのでしょうか(^_^;

で、通路の中央に目をやると「頼光大江山入図大花瓶」なんてのがドーンと飾ってあります!!
作者の横山弥左衛門・横山孝茂なんて名前は初耳だったのですが、凄い人ですネェ(^^)
この人たちの作品は他にも出ています。やはり鉄の大花瓶です♪

自在鉤の細工で鈴虫や蟷螂を繊細に作ったものが展示されていて、みんな感動しきりでした。

染付けの有田の大花瓶と大灯篭が凄かった!!
有田の大花瓶はたっくさん出ていますが、どれもこれも溜息の出るような逸品ぞろいです(^^)v
「染付花唐草紋大灯籠」というのは加藤杢左衛門(二代)という人のです。

面白いものでは「磁胎七宝社牡丹紋カップ&ソーサー」というのは、コーヒーカップなのですが、
明治六年という時代に、既にこういう形のカップ&ソーサーを日本で作っていたのかと思うと感無量です。

西陣織の見本帳・七宝工程見本、というのは珍しいし面白い。

下山象嵌という野の見事さと、それを輸出するために
「起立工商(きりゅうこうしょう)」という国策会社みたいな会社を作ったと言う解説を読んで時代を感じました。

「起立工商」については、時も時(2004/8/25)、朝日新聞に、
美術評論家の瀬木真一氏の「墓と消え行く若井兼三郎」と言う記事がありました。

その時代に「道具商」と呼ばれて蔑まれていた!?無名の一商人が、
明治6年(1873)、日本政府が初参加したウィーンの万国博覧会に唯一の美術品専門家として随行し、

その実力がモノを言って、以後この種の博覧会のために政府の業務を代行する組織「起立工商会社」が設立されると、
その副頭取に任命され、作品の製作・選定と売買にいたる全てを取り仕切る立場に着く。
明治11年のパリ万博の時に、パリ支店が設けられると、
みずから、その運営に当たり。通訳として雇った才人の林忠正を専門的に育成して、
自国の美術品の普及に努めた。間もなく、この師弟は会社を離れて、共同で活動し、
あの猛然とした日本ブーム「ジャポニズム」の火付け役となる。

と、ありました。
日本の国際社会参入の黎明時代、
日本文化の素晴らしさをアピールするために、こういう人が必要とされた。そして、今は忘れ去られようとしているのです(^_^;
まさに時代を駆け抜けた男なのでしょう。
瀬木氏のコラムの締めくくりには、この万国博が開かれていることに触れ、

日本美術を世界に知らしめたこの先駆者は墓までがなくなろうとしている。
この国に近代的な美術市場が開ける明治40年代以前の「美術商」というささやかな職業の宿命と言えようか。

とありました。

香蘭社・深川陶器の名前も見えて、この時代からか、とへぇ〜♪
第二部の方では、「安藤七宝店」の名前もありました。愛知だなんて初めて知りました(^_^;
こういうのは、京都か東京か、神戸だとばっかり・・・m(__)m

たぶん、6. ジャポニスムのところに入るんだろうけど、ロイヤル・ウースターやミントン、
おなじみのガレ、バカラ社・クリストフル社などの日本的な作品が凄い!!
素敵です・・・涎、涎(^_^;
ミントンの「日本人物図扁壷」というのは、スカイブルーの交ち焼のような膚合の上に、浮世絵を描いたものです。
ガレの日本好みはお馴染みですが、「団扇形の花器」などというのも出ていました(^^)

そうそう、ヴェルサイユ宮殿美術館から出展されていたのは、
マリー・アントワネットのコレクションの香箱などです(観覧器ヴェルサイユ展参照)♪




第2章 工芸を「ART」に −20世紀工芸への道−
■ 7. 1893年シカゴ万国博覧会
8. 20世紀工芸への道

「七宝桜花群鶏旭日文大香炉」という、国博サイトのトップを飾る
馬鹿でかい香炉が展示されているのは、このコーナーです(^^ゞ
香炉、って言われてもナァ・・・という大きさで(^_^;

そうそう、例の光雲の「老猿」は、この正面に花瓶やなにやらとゴチャゴチャ飾っていて、なんだかなぁ・・・泣く

「孔雀刺繍図屏風」(田中利七)は、凄かった!!
傍でおじさんが、なんだ、これ、みんな刺繍かい!と声を上げとりました(^^ゞ
刺繍といえば「日光祭礼図綴織壁掛」(二代川島甚兵衛)というのも大きいし、これ全部刺繍?と聞きたい(^_^;
それにしても川島つて川島織物でしょ?何点かありました。
この時代は、まだ龍村ってなかったんですかね(^_^;

正阿弥勝義
というのは誰なんでしょう・・・私は物を知らんなぁ・・・コーナーが一つできてます。
菓子器・文鎮・香呂・置物など緻密・繊細な細工が名工にして、大芸術家だということを示しています。

蒔絵、色絵の陶磁器が凄くて板谷波山・清水六兵衛・宮川香山などのBIGNAMEも♪



第2部 万博の中のヨーロッパ美術
 1855年パリ万国博覧会
1867年パリ万国博覧会
1878年パリ万国博覧会
1889年パリ万国博覧会
1900年パリ万国博覧会

凄い絵が続いてたのですが、この辺はもう疲れ果ててきて・・・
「万博会場の中央ドーム」というルイ・ベルーと言う人の絵が印象に残っているくらいです(^^ゞ
この辺は、パリのカルナヴァレ美術館という美術館からの出展ですが、初耳の美術館でした・・・こういうときに、
やたらに無知を知らされる!!

ロダン美術館からも相当数の出展があり「泣く女」や「スフィンクス」がありました。
「いるかに乗ったトリトンとネレイデ」は見たと思うんだけど・・・確実に見た記憶がない(^_^;
それより、今目録見て、えっ!「デイオニッソスの巫女たち」があったの?
ガーン!!となってます。全然記憶にないです(^_^;


ここでは、黒田清輝の「智・感・情」が嗚呼!あれ!!
ご存知EPSONの「美の巨人たち」で取り上げてましたネェ♪
大体、私の知識なんて、あそこから耳学問・目学問なんてところが多いのです(^^ゞ

というわけで、ホントに駆け足で見て、グッタリ疲れ果てて、おうどん食べて歌舞伎座に(^^)
そのうどん屋がひどくてネェ・・・(^_^;
まあ、時間が無かったので仕方ないのですが(;_;)

翌日、私にけしかけられて、ダンナが思い腰をあげて(だって、神田まで歯医者さんに行くんですから)、
珍しく見てきました(^^ゞ
感想は、
おばさんばっかりだ!!
ええっ?いつもの展覧会に比較すると圧倒的に男の人が多いでしたよ〜!!
現にダンナもお知り合いにばったりだったそうです(^^ゞ
あちらは、ゴルフ友達のご夫婦同士二組ですって!!
だから、私と一緒に行けばいいのになぁ・・・(^_^;



展示目録はこちらです。



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