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6月22日(木)

高島野十郎展
――三鷹市民ギャラリー――

「美の巨人たち」で取り上げた高島野十郎の展覧会に行って来ました。
三鷹市民ギャラリーです。と〜ってもよかったです!!涙が出ました。
でもまあ三鷹は遠いです(;_;)ホントに大変でした(^^ゞ

ゴッホ風・モネ風・シスレー風・セザンヌ風〜〜などなどいろんな影響を受けて、それを脱して、
野十郎が自分の独自の画風に到達した所がよく分かります。
藤田嗣治の場合も感じましたが質感が凄いの(^^ゞ

入ってすぐ、四枚の自画像が有ります。
いずれも2〜30代の自分の芸術性を模索している時期のものらしいので、そんな感じになっちゃうのか・・・
どれもこれも狷介そうな嫌な感じなのです。
大変に不幸な感じと、挫折感がありあり、神経を病んでいる感じも有ります。
それでいて、そういう自分を突き放して見ている眼も勿論感じられます。
強い人ですネェ!!

でも、図録に載っている62歳くらいの写真はけっこう柔和な雰囲気ですよ(^^)

代表作といえば、「月」と「蝋燭」なんでしょうが、それぞれチラシとチケットになっています。
それについては後で・・・。

質感といえば、自画像の直ぐ後に掛かっていた「鉢と茶碗」というのが何気ない日常雑器なのですが、
ホントに手を出せば、はい、と掌に乗っかるような質感が有ります。
「椿」と「芥子」の花弁と葉の表情も素晴らしい!
ことに椿の花びらの肉厚な盛り上がりは・・・溜息です。
「牡丹花」というのは画材が和風ということだけでなく、日本画という雰囲気もありますが、
やはり花器の質感は油彩なのでしょう。

この後、ちょっとモネ風の絵が続きます。
「日曜日の夕方 パリのオールリッツ橋」「霧と煙 ニューヨーク」なんて所です。
「林径秋色」なんてのもモネです。

「ノートルダムとモンターニュ通り」というのは、シスレー風の通りを見下ろす絵なんですが
で、この手前に花が描かれていて、その花のために、
本当に私がここにいて、パリの町並みを見下ろしているような気になるのです(*^-^*)
「パリ郊外」というのも、どちらかというと印象派の誰かの絵を見ているような、ユトリロにもこんなんあった〜、という気分。
「石畳みの道」とか「小川のほとりパリ南郊ビェープル川」なんてのも、さ(^_^;

まんまゴッホという「ひまわり」がありました。

「洋ナシとぶどう」「桃とすもも」なんてのは全くセザンヌです。

そうそう、セザンヌ風の静物の花器や食器はかなり和風で、食物の質感↑桃やりんご・ぶどうなどの質感も素晴らしいのですが、
その器類の質感がこれまた凄いのです!!
最初の方の「鉢と茶碗」でも言いましたが、花を生けた花器なども、
とにかく、備前か高取かようわからんですが、土器の手触りを感じます。
「割れた皿」と題そのままに割れたお皿を描いたものが有りました。
その割れた面のざらつき感とか、断面の鋭さとかねぇ・・・
花はそのままそこに咲いているし、桃は産毛がもこもこ気持ちよい感じです(^^)


「高原の道」というのは・・・なんだっけ、アメリカの凄い細密画のような絵を描くのは・・・出てこないけど(^_^;
この辺は、本当に習作の時代というか彷徨の時代なんでしょうね(^^ゞ

恩師の肖像画二点!凄い超写実!!えー、ここまで来ると写真の方が手っ取り早いじゃん、
という気がしてきますが、なかなかどうして、
「外山亀太郎先生像」というのは、きっと、とってもこの先生のこと好きだったんだぁ♪ということが画面から感じられます。

だんだん独自の世界が開けてくるのかな・・・
「山中孤堂」というのがありました。チッチャイけど凄いインパクトで何か主張しています。素敵でした!!

昭和のン十年くらいの製作になって来ると、独自の画風を確立しているように思われます。
制作年代不詳という絵がたくさんありますが、
いい絵だなぁ・・・と溜息が出るようなのは、大体この昭和ン十年代のものが多いのではないでしょうか。

噂の「すいれんの池」です。でももうモネではありません。
新宿御苑の池、ということもあるのでしょうが、確実に日本的風景の中のすいれんです。
「萌え出づる森」だって、画題からしたらモネだろうと思うけど、もう野十郎の森です。
何が違うのかな・・・?よくわからない(^_^;
この辺りから、油彩ではあっても、かなり日本的な画風になってくるのですね。
モチーフも、本人のアイデンテティも完成されてきた、と言う感じかな・・・。

だからこそ62歳の柔和な肖像写真が残っているのかも・・・。
勿論、自分の作品に満足している、ということではなくて、ですよ!
自分の作品に満足したら、芸術家は其処で終わりですから(^_^;
ただ、自分の求める道が定まった、という気持ちがそれまでの苛立ちから解放された、
ということにはなるのて゜゛はないかと思います。

でも、んー・・・
「境内の桜」というのがありました。
桜の向こう側に、遠くに子供が三人座っているのが見えます。
そこに良寛さんが現れてきそうな、子供たちと遊んでいるような情景ですが・・・情景なんですね。
土牛の「醍醐」や、加山又造の「桜」にはちょっと及ばないナァ・・・桜として負けている。
まあ「桜」として描いてはいないのかもしれません。
そうだ!桜としては描いてないんだね・・・今納得(^_^;

「流」というのは、長瀞で、「水が止まり磐が動いた」と、高島本人が言ったそうですが、
確かに水が流れているようで止まっているんですね・・・巧くいえないけど、
水の波の感じはあるんだけど、動きが無い!
流れてないんだ!!
ソノブン岩が前に前にせり出せそうとしている、という気はします。
つまりさ、この水は飲もうとしてもすくえないんだ(^_^;
釣り糸を垂らそうとしても、釣り糸が入らない、沈んでいかない、というか。
これりは何なんだろうか?

「れんげ草」と「雪晴れ」というのは、同じ野原の春と冬なのかな・・山の稜線が似ていますけど、
それぞれに伸び々々としてゆったりしていい感じです♪

あっ、これこの人のだったの〜!とびっくりしたのが「からすうり」
それと、「菜の花」の二点だけが一筆箋になってました。
「菜の花」は製作年代が昭和40年頃で、「からすうり」の方は制作年代不詳なんだそうです。
でも、「菜の花」の方はともかく、「からすうり」の方はかなり有名なはずです。
それが、制作年代不詳というにしてもかなり晩年に近いんじゃないか〜大変に落ち着いたよい画風です。
描いた人の人品の上質さが画面に漂うような作品です。
「菜の花」は、緻密さの中に、↑の「れんげ草」と「雪晴れ」に共通する伸びやかさがあります。
でー、ちょっと、この人ゴッホなんて好きなんじゃない、というような雰囲気を残しています(^^ゞ



「蝋燭」と「月」の前に
「雨 法隆寺塔」というのがあります。

あ、もひとつ、その前に「空の塔 奈良薬師寺」というのがあって、
これがなんとなく、ひとつの転機になっているんじゃないのかなぁ・・・とシロトのおばさんは思うんだけど(^_^;
絵としては丁寧なだけのさらっとした作品ですが、なんともいえぬ明るさと品があります。
これがあって、後に続いていく作品群が生まれるような気がします。

でー、
「蝋燭」と「月」の前に
「雨 法隆寺塔」というのがあります。ということになりますm(__)m

これもかなりの代表作ですが
盗難と火事にあって大変に傷んでしまったそうです。
その修復の過程もちょつと展示されていましたが、二度も大規模修復をして、
ここまで修復が出来るのか!ということと、
この修復されたものはオリジナルか?という疑問・・・これはいつも西洋絵画を見る時思うんだけど(^_^;

この修復については、わざわざ別刷りのパンフレット『「雨 法隆寺塔」の修復』というのが出来ていて、
無料配布をしています。
そこには二度の修復に携わった渡辺郁夫氏(修復研究所21)の修復処置とその工程、さらには所見が述べられています。

それによると、大きな災厄に見舞われたこの作品が、二度にわたって、ここまで修復できたのは、
修復技術もさることながら、
野十郎自身が、描く以前に施した作品の劣化を未然に防ごうとした配慮とそれを可能にした技術であったことが分かります。
彼は旧帝大の水産学部出身の技術者でもありました。
科学技術の基礎を熟知して、それを自らの作品の保護に向けて駆使していたのです。

それにしても、同様の「積る」という絵画もあって
「雨 法隆寺塔」というのは、雨に煙る法隆寺の五重塔を描いており、
一方「積る」というのは、雪が降りしきる野原にたたずむ農家を描いていて、こちらも素晴らしい傑作で、
共通する何かは感じられるので
「雨 法隆寺塔」のオリジナリティは守られていて、その素晴らしさに嘘は無いのだ、と納得しました。

大体、「雨 法隆寺塔」を見ていると、傍の警備員さんに、毎日雨で嫌になりますね、と声をかけたくなるんだわ(^_^;
そう、雨が降り続いているのはわかるけど暗くない!ジメジメした雰囲気はありません。
ああ雨が降ってる、また今日も降っている・・・と言う感じです。
「毎日雨で嫌になりますね」というのも、そういう声をかけたくなる雰囲気があるのです。
あ、そうそう、ナンデだか、やたらに警備員の数が多くて・・・ここはいつもこんな感じですか?
凄いわよ・・・行く先々に警備員がウロチョロしてます(^_^;

脱線m(__)m
「積る」方の雪が降りしきる野原にたたずむ農家の方は、いやぁ・・・こんな降っていつまで降り続けるのだろう、という
倦怠感と雪が積もるように私の心の中に何かが積もっていく・・・というちょっと重い感じが有りますね(^_^;
それにしても、暗くは無い・・・
太郎の屋根に雪降り積む、次郎の屋根に雪降り積む・・・と、いう詩が心に過ぎります。
それぞれの生活が雪の積もった下に繰り広げられているのだな・・・という不思議な安らぎがあります。



さて、「月」です。
いろいろな「月」がありました。
時間も高さも場所も違う月です。
野十郎は「闇」を描きたかったのだ、という解説がありました。
そうかもしれない。
星ひとつ無い夜空に孤高の光を放つ月・・・この月が隠れてしまえば辺りは一面の闇になります。
しかし、この月には「月天心 貧しき町を通りけり」という動きが無いのです。
「月」はそこに佇んでいます。
今何時なのか分からないけれど、月は佇んでいます。
何を見、何を照らしているか分からないけれど、月は佇んでいます。
涙が出ます。
見つめすぎてめが痛くなったわけではありません。
何かに感動したわけでもありません。
月が佇んでいる・・・その月のたたずまいになぜか知らずに涙が出ます。
私は何を考えているのかな・・・・。


次のコナーに「蝋燭」が有りました。
野十郎は随分・・・何十点もの蝋燭を描いたそうです。
みんな小品で・・・今日は六点の蝋燭がともっていました。

久世光彦が生前大変野十郎に惚れこんで、「蝋燭」をコレクションしていたそうです。
今日の図録に、久世氏の「野十郎は油彩の筆で蝋涙の<声>を描いたのである」という文が載っていました。
そうか、「蝋燭」の声か・・・私には蝋燭の声は聞こえませんでした。

また、蝋燭の焔の揺らぎの中に、いろんな情景が映るというのでもありません。

蝋燭はただ燃えていました。いろんな色の焔を揺らめかせて・・・長い蝋燭、短い蝋燭、
華やかな焔、寂しい焔、・・・

何かを言うというのではなく、ひたすら自分の体を燃やしてあたりに光を与える蝋燭、
本当に、この蝋燭の明かりでこの部屋の蝋燭自身が見えているように思えました。
それは、勿論このギャラリーのスタッフの努力です。
でも、その瞬間、それを忘れて、私は、あっ蝋燭が自分で燃えながら自分を見せている、と感じてしまいました。

蝋燭には蝋燭の人生の輝きが有りました。
だからなのかな・・・ここでも私は涙が出てしまいました。
私の涙は私の焔なのかもしれません。

会期は6月10日(土)~7月17日(月・祝)です。
是非お奨めです。遠くても行った甲斐がありました。
そうそう、「なんでも鑑定団」の永井画廊の永井さんが来てました・・・じーっと見入ってましたよ(*^-^*)