2019年

8月

8月01日(木)

8月になってしまいましたねぇ。

世間様は、37度・8度、さっきはどこやらで39度とかで・・・ウーム。

汗っかきのオバサンは、エアコンと水分補給で大変です。

飲むとトイレ通いが忙しくなるし、ただ、そうでもしないと立ち上がることもないので、ま、いいか(^_^;

ただ、汗っかきは上半身だけで、下半身、特に足元は相変わらずの冷え冷えで、電気マットにひざ掛けはかかせません。

勿論、寝る時は電気あんか抱いてますが、それでも、ちょっと暑いと外していまい、挙句にふくらはぎが冷えて硬くなったりします。

汗っかきは汗疹が怖いわけで、お風呂上りは「粉袋から這い出て来た」ほどにシッカロールを浴びて、

顔も含めて体中が真っ白です。

オデコに顎の下、胸元が三大汗疹どころで、

特に胸元はうっかりするとお医者さんに行かなくちゃならないくらいになるので要注意!

オデコに顎の下、胸元が三大汗疹どころで、特に胸元はうっかりするとお医者さんに行かなくちゃならないくらいになるので要注意!

お友達の一人が言った名文句!

「暑い、暑いと言ったつて、7月・8月の2か月我慢すれば、9月の暑さは底までじゃない!2か月の辛抱よ!」

オバサンも、それに同調して、ここ10年位、2か月、2か月、とお念仏を唱えて夏を越してます(^_^;

 

ゴロウちゃんが、舞台の記者会見でアチコチのテレビに取り上げられた、というのもへぇ~!

ジャニーさんが死んだからか?「公取委のご忠告」の結果か?

よくわかりませんが(^_^;

〇ツコDXが、スマップ解散でテレビに出られなくなったのは、

「〇マップじゃなくなった〇垣吾郎なんてみんなの関心が無くなっただけ」と言ったとか、言わないとか?

おまけに「公取委も隙ねぇ」と仰ったとか(^^ゞ

まあ、(ネットの記事しか見てないので)真偽はわかりませんが、

〇マップから抜けられてホッとしているオバサンにしてみれば何をかいわんや(^_^;

再結成だのなんだのの噂も、再結成なんかされたら目も当てられない!!

やっと自由になれたのに!と思っちゃう(^^ゞ

要するに、タレント組と役者組で別れたんだから、余計なお世話!

テレビに出るだけが仕事じゃないの!!

〇トリだって、舞台で良い仕事しているのだから、オバサンは大満足\(^o^)/

元々、ゴロウちゃんと〇トリは二十歳前位から「役者の狂気」がある!と、〇マップ解散して、自由にして、と祈願していたのです(^^)

ま、ゴロウちゃんは以前から段田さんや、映画だけど役所広司なんかと共演させてもらって、ソコソコ評価も得ていたけれど、

〇トリについてはそういう場がなくて(三谷さんのスィングスィングスィングでは、お客はさっぱりだったけど評価はしてもらったんだよね)、

こないだ、WOWOWの中継だけど「日本の歴史」を見て、ちょっとああこんな風な表現ができるのか、なんて感心したし、

第一、中井貴一やシルビアグラブ・川平慈英と共演できただけで凄い財産!って思いましたm( )m

草彅君がなかなか表の仕事に出ない、というけれど、生活に困るわけはないし、

こういう時間に自分磨きができれば後でズェーッタイ!役に立つよ(^^)

それより、ゴロウちゃん、

今回はヤンさんとのお仕事で、オバサンとしては、ヒェ~!あの二人が共演するなら絶対行きたい!

とは思いつつ・・・青年館ねぇ(^_^;不便な処です。

そういえば、ゴロウちゃんのご両親も青年館で披露宴だったのねん♪・・・何かご縁を感じちゃう(*^^*)

ヤンさんも、昨今は裏方ばかり(振付)なので、たまには表舞台で踊ってほしいよ(^^)

この人、歌もうまいし、演技力もあるのに恵まれない、というより本人の性格がちょっときつい・・・人当たり悪いのよねぇ(^_^;

昔は、ダンスの人って、大体人当たり悪い人が多かったけど、今はそんなこと言ってなんないから、けっこうみんな温和♪

だけど・・・少しは丸くなったと信じたいけどねぇ(^_^;

8月2日(金)

暑い日が続いてますが・・・今週いっぱいはダメらしい(^_^;

昨日・今日は38度越え~(-"-)

あっ、ちっょと遅い話ですが・・・先月半ば過ぎに人間国宝が発表されました。

そこで、ナントナント秀太郎が人間国宝になりました(^_^;

孝夫さんは当然もうなってますし、これは当然なる!いつなるか?くらいのことでしたから、あ!そう、でした。

でもさ、秀太郎はちょっと考えられませんでした(^_^;

最近凄く良くなって、昔のあのチャラケ方が嘘のように良い女形になって、

上方の女形としては、貴重な雰囲気・色気を醸し出してました(^^)

しかも、不思議なことにあの我童によく似て来て、我童ファンだったオバサンとしてはお~!と言う気分でした。

我童って、三島由紀夫も凄いファンだったという上方の女形です。

本人はいつまでも若いつもりで、老けて来ても若作りなので、中ぶけの役を付ける時、

三島由紀夫が「皺三本描く」とわざわざ注意メモを付けたというエピソードがあります。

とにかく上方の雰囲気が濃厚に漂う良い女形で、

(「廓文章」の)吉田屋の女将とか、一力のお才、「冥途の飛脚」のおえんとかが当たり役♪

もう、今はその役々は秀太郎が受け継いでいますv(^^)

それくらい秀太郎も良い女形になっているわけですが、

でも、人間国宝なんて思いもかけなかったわけでして、それがある日突然人間国宝だ~\(^o^)/

長生きするもんだね、くらい嬉しかったですm( )m

それと、葵太夫!!!

国立劇場の研修生からは初めての人間国宝で、おまけに58歳という異例の若さです(^^ゞ

私は、恥ずかしながら2016年の玉三郎の妹背山の山の段の時に初めて聴いてビックリしました。

おまけに、幕開きに「葵太夫」と掛け声がかかったのよ~!!

地方で声がかかるなんて、清元の志津太夫さん以来でした。

しかも、本当に上手かった!!

昔の歌舞伎の竹本は「チョボ」と呼ばれて、本来の浄瑠璃語りになれない奴が歌舞伎に回って伴奏してる、くらいに思われてました。

語りも本当に酷い人が多くて、この語りがない方がよかった、というような時もあったくらいです。

オバサンが清元に傾いたのも、清元には志津太夫という名人がいて、それに比べて、

あまりにも竹本が酷かったからです。

みんなそう思っていたのよね・・・だけど、そりゃあ、仕方ないことだとも思っていたのです。

元々義太夫は文楽の物だし、そこで活躍できる人なら歌舞伎の伴奏なんかに「身を落としはしないよ」と。

ところが、本物を求める、17世勘三郎や当代の猿翁が本チャンの文楽義太夫と共演して、

いわゆる文楽の義太夫と、歌舞伎の義太夫は別物だ、と気づき出した。

歌舞伎の義太夫奏者の重要性がクローズアップされてきました。

そこで国立劇場でも「脇役養成」と一緒に「伴奏者養成」にも力を入れ始めたのですね。

新聞の記事を読むと、

葵太夫は「研究熱心さと美声を買われ、若き日から市川猿翁さんや中村歌右衛門さんに抜擢され」とありますから、

私も聴いたことはあったはずですが、まだまだ、当時のオバサンには、

今日のチョボはちょっとましだった、とか、今日のチョボはよかったな、と思うことはあっても、

葵太夫の名前をインプットするほどの耳は持っていなかったみたいですm( )m無念。

でもまたこれから、葵太夫に続いて、良い歌舞伎義太夫奏者が出て来るのでしょう。

もう、歌舞伎がどれくらい見られるかわかりませんが、期待しています(^^)

そうそう、玉三郎は愛太夫がご贔屓。

愛太夫もいいと思うけどね。

これは、葵太夫が吉右衛門に取られることが多いからなのかな・・・相性もあるんだろうし、

孝夫さんは誰と組んでたかな?油地獄なんかは?

孝夫さんの舞台は孝夫さんしか見てないからダメかm( )m

で~、勘九郎・七之助の兄弟も、気のせいか愛太夫との共演が多いように思います。

とにかく、葵太夫の後に続け\(^o^)/

秀太郎さん、葵太夫さん、心よりお祝い申し上げます。

おめでとうございます(*^^*)

8月5日(月)

アホネーチャンのピアノの発表会でした。

アホネーチャンの!ってのはおかしいよね。

アホネーチャンこと娘が習っている「先生のお教室の発表会」でした。

今年は、声楽と完全分離スタイルで、ピアノだけ。

で~、社会人四人は第三部に構成されて、フォーレ・ラフマニノフ・ショパン・シベリウス!

さらに、一組だけですが連弾がありました。

元々のお教室は現行の先生たちのご両親。

先生ご夫妻は声楽がご専門。更に音大受験を目指す生徒が中心でした。

お父様先生の方は(もうお亡くなりになりましたが)音大で音大生に声楽を教えていらっしゃったので、

お教室の方は奥様のお母様先生が中心でした。

その音大受験用のピアノ指導が評判を呼んで入室一年待ち、とか言われたのはねもン家が旧宅に引っ越したころ。

わが家の娘が小学校一年かな?で、〇マハに通いながら待っていたら引っ越す人が2~3人出て、

お教室に空きが出たというのをねも姉の同級生でそのお教室に通っていた方がいらっしゃったので、

それぇ!と頼んでいただきました。

それから、更に半年後くらいにアホネーチャンのコネでnemoが入れたというわけです。

それからン十年!!!

娘は大学受験の一時期を除いて、ずぅ~っと居座ってしまい、

音大受験専門だったお教室が、音大受験生の減少と相まって、

娘の影響もあってか大学に行っても、社会人になっても続けます、という人たちがボチボチ出て来てきました(^^)

まあ、社会人になるとなかなか続けられませんけど、

それでも留学するまで、とか、会社で中堅クラスになるまでは頑張ったりする人も出てきました。

こういう前例を作っただけは、ほんのちょっぴり先生にご恩返しの真似事ができたかな?と言う気持ちですm( )m

息子も社会人になって、一人住まいしてからも、二時間近くかけて通っていました。 

今は、お母様先生と、娘の四歳年上のお嬢様たちが現行のお教室を切りまわしてます。

お二人とも音大の作曲科出身で、連弾奏者としてもプロ活動もしながらお教室でも教えていらっしゃるのは大変なことです。

でまあ、親バカもありまして、毎夏のお楽しみになってます(^^ゞ

去年は、発表会の日が出張とぶつかってしまい、出られなかったので二年ぶり!!

こりゃあ、暑くても行かなくちゃ!!

ああ~!前置き長!!

今年は地元ホールが耐震とリニューアルして初めての発表会でした。

どんなんかな?ってのもありましたが、ホールの入り口が変わっていたのでウロウロしてしまいました(^_^;

まさか、旧地元で通いなれていたホールで、リニューアル後に入り口が変わったとは思いもよらず!

正面玄関は相変わらず、外回りも全く同じなので、

ダンナと、どこリニューアルしたんだろ?結局耐震だけで精いっぱいだったんでしょ、何て言ってたのですよ。

ダーっと長~い階段を上るのは変わらないのですが、今のオバサンには登れないよ!!

いわゆるバリアフリーの入り口が(元々駐車場の入り口の裏側で目立たなかったのですが)、

今は壁に閉ざされてしまってそこには何も書いてないの~(-"-)

親切そうな若者がいたので尋ねたら「ぐるっと回って行けばあちらに入り口があります」と教えてくれて、やっと入れました(^^)

即、ホールの受付に入り口の表示をちゃんとして下さい、と申し上げました。

公共機関って、今の地元もそうだけど、みんな体の不自由な人には不親切にできているのねん(-"-)

で~、会場に入ってから、これはおおむね変わりませんが、トイレ各個室が凄く広くなって明るくなってました。

当然、みんな西洋式・・・ウーム、これは意外に不自由。

一個くらい和式を残して欲しかったなぁ(^_^;

オバサンは和式があったら、足が痛くても、腰が痛くても和式に入ります。

歌舞伎座や能楽堂でトイレに急ぐのは「和式を使いたい!」からです。

第二部の「中高生・大学生の部」の途中から入りました。

ピアノの音量が凄くて、ショパンやドビュッシーが多い中高生には、ちょっと調律が荒っぽいんじゃね?と思いました。

後で娘に聞いたら、「ホールのせいだよ。先生も調律の人と随分話していたもん」とのことでした。

そうか~!リニューアル、内装もしたんだ!

そういえば、壁の色(音響版の色)と座席シートの色違ってました(^_^;

中高生は↑で書いた通り、ショパンやドビュッシーが多いので、ちょっと辛ったかもしれませんが、

その分、音色としては粒が立ったかも(^_^;

第三部の「社会人」は娘はシベリウスだし、ラフマニノフの「鐘」を弾いた青年は良かっただろうけど、

フォーレの「ノクターン」とショパンの「プレリュード」は巧いだけに、もうちょっと柔らかく響かせてあげたかったなぁ♪

ホールの音響設計者も、どのへんを主にして設計したんかいな?

その分、と言っては失礼ながら、ラフマニノフの「鐘」はよかったわよ~\(^o^)/

発表会で、ラフマニノフの、しかも「鐘」が聴けるとは思わなかったです。

みんな娘同様小中学生から続けてきた人たちです。年はだいぶ違いますが(^_^;

娘は生徒最後で、シベリウスの「ロマンス」と、連弾でサティの「君が欲しい」でした。

シベリウス!と聞いた時は、ヒェー!難しそう?大丈夫?って聞いたのですが、

娘曰く「去年の発表会が出張とぶつかって出られなかったので、二年間弾いてたから大丈夫だよ!」

おまけに、連弾までやるというので、おぅ~!

こちらも、去年、先生と連弾!と言う企画が上がって、そりゃあ、ちょっと無理です、と言ってたのだそうですが、

今年は生徒同士で、ということになったそうで、「まあ綺麗な曲だし気楽だよ!」ってほんまかいな(^^ゞ

サティの曲はCMでもよく使われるし、「君が欲しい」の曲名だけ聞いてもピンときませんでしたが、

〇ーチューブ聞いたら、あっ!これか!

何度か躓いたりしたようですが、でも、とにかく、無事に弾き終わりましたm( )m

シベリウスの「ロマンス」は〇ーチューブで検索して初めて聴きました。

何しろ二年間弾きっぱなしですからね♪危なげなく終了m( )m親バカ。

中一の時、ベートーベンの「悲壮」の第一楽章を弾いたのを聞いて、思わず泣いちゃったことを思い出しました(^^)

そこから、「熱情」全曲へ二人コンサート、というところまで先生が応援して下さったんでした。

幸せな事ですm( )m

今日も、コンサート終了後に、娘と食事に行くことになっていたので待ってましたが、なかなか出て来ない!!

大体、両親を送っていくことにしないと、後がまた大変なのですね(^_^;

娘は、当日先生方のアッシーで朝8時からウロウロしていたわけですが

(小学生の部が二時半から始まるので、スタンバイは午前中からです)、

帰りも、となると大変なのです(^_^;

先生のお心遣いもあるのですが、慰労会というかお食事会というか、反省会も付随しちゃうし、ねぇ(^_^;

なので帰りは、オバサンが杖を突くようになってからは、「両親を送って行かなくちゃならないので」ということで失礼することに。

とにかく、ホールの閉館時間までに片づけを終えないといけないので、中高生や大学生・社会人・手伝える保護者の人たちは全員集合でガン張ります。

オバサンも、昔はけっこう頑張りましたけど、今は無理だよんm( )m

やっと大きなゴミ袋を3~4個抱えて、娘が出てきましたが、それまで、全く姿を現さないので、

ホール追い出されたら、どこで待っていればいいかの打合せもできない!!(当然携帯は貴ってありますから)

でも、その間に、ちょっと裏の様子を聴くのに、娘(固有名詞だよ)の母でございますが、と声をかけると、

皆様、大変に丁寧なご挨拶を返してくださって大恐縮でしたm( )m

アホネーチャン!愛されとるねぇ(*^^*)

親バカチャンリン蕎麦屋の風鈴♪だなぁ。

でも、嬉しい半日でした(^^)

あのねぇ・・・孫は無条件に可愛い、というでしょ・・・これから先にならないとわからないけど、

今の段階では、やはり、子供の方が可愛いですよ。

息子のことだって、孫のことより気にかかります。

育休開けの職場復帰はスムーズだったか?

久々の通勤で、おまけに酷暑で体を壊してはいないか?とかね・・・。

あの9.11のニューヨークの息子の安否だけを案じたオバサマの話が蘇るよ!!

8月7日(水)

宝塚の柴田(侑宏)先生か亡くなっていたのですねぇ!!

7月19日だったそうです。

初めて知った!!

え~!新聞にも出ていなかった?

そんな~!冷たいわぁ!!

大体、〇田は柴田先生が生徒にも観客にも凄い人気があって、

作品にも出たがる生徒が多いし、観客からも好まれるってのに、異常に嫉妬しておったものねぇ(^_^;

柴田先生が目がご不自由になられて、行動が制約されるざるをえなくなったら、むき出しで柴田先生を外す行動に出て顰蹙を買ったのよ!!

大体、作風や演出方法も違うんだから、自分の道にプライドを持てば、あんな態度は取れなかったはずでした。

もっとも、周囲も悪いのよねぇ。

〇田は最盛期は大型のドラマを構成して、それはそれでスペクタクルでよかったのです(^^)

ベルばらをやろうとか、当時は誰も思いつかなかったんだし、それが今のアニメや漫画を舞台化することに繋がったんだから

そういうプロデューサーとしての感覚は一流でした。

実家のコネ(山村流宗家)を利用して、

長谷川(一夫)を演出に引っ張り出したり、ホントにプロデューサーとしての力は認めなくちゃなりません。

〇田作品はベルばらは別として、その時々の流行りものを大がかりに使ったりするから、時代が変わると古びちゃう(^_^;

大がかりな分、地方公演にも持っていきづらい。

オバサンが見始めた頃、白井徹造が老害とか言われて、満を持して出した作品にも、新聞の批評にも「巨匠の失敗作」とか書かれてましたが、

〇田も全くその道を辿ってしまったのよねぇ。

オバサンたちが、当時、白井徹造作品を老害だ!と書いたのに同感していた通り、

一時は宝塚の代表作家だった柴田先生と〇田の作品に猛烈に優劣が付き始めたのでした。

柴田作品は人情の機微を扱う物が多いので、時代が変わっても名作は名作として受け入れられるし、要するに息が長い!

時代設定を変えなくても、この時代のこういう話、で通じちゃうし、登場人物の書き込みが細やかで、

芝居に熱心な生徒が、とにかく出たがる、やりたがる!

サヨナラ公演は柴田作品で飾りたい、宝塚生活を収めたい、という生徒が続いて、そのあたりから

〇田の嫉妬が始まった(^_^;

オバサンは、最盛期の〇田も観ていて、当然評価していたから、そういう〇田を見るのも嫌だったですねぇ(^_^;

とにかく、柴田先生はお亡くなりになってしまわれた。

でも、作品は残ります。そういう処は作家さんの良い所です。

まだまだ、これからも再演されるお芝居がたくさんあることでしょう。

柴田先生は生きています。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。合掌。

8月13日(火)

娘がやっと桃を取りに来ました(^^)

↑の発表会の夜、娘が送ってくれる車の中で、義兄から桃を贈ってくれたとダンナに電話が入りました。

娘もその電話を聞いていたのですが、もう二人になってからは大体8~10個入りなので、

二人でちょっと多いかな?くらいのところでした。

ので~、一日違いで残念ねぇ、と笑ってました。

翌日なんとまあ、今年は16個も送ってくださいましたm( )m

ハハァン、これは息子や娘にも分けてやれ、ってことなのかな?

息子は取りに来られないので、ツレアイちゃん宛に即メール&電話して、送っていいか?いつならいいか?

などを聞いて、その日のうちに発送できました。

本当はセンターに帰る直前だったのに、近くのコンビニの最終集荷でとっつかまって

集荷に来てくれた〇マトのドライバーさん・そこに速攻連絡入れてくれた電話受付の担当者さんに感謝m( )m

ところが、そのドタバタで、ダンナが娘にもメールしてくれたと思っていたら、ダンナは私がメールしたと思って、

娘の処へ連絡するのが二日も遅れてしまいました。

で~、あっちも忙しくてなかなか時間が取れず、今日、やっと来られました(^^ゞ

こういう時、親って、何かご馳走したい、と思うものですが(先日は娘にご馳走になったし)、

娘は、アニサキスのおかげで、大好物だった生ものがダメになってしまい、お寿司も取れないのですよ!

しかも、ウナギは私たちがダメだし、ダンナは食べられないわけじゃないそうですが(^_^;

ピザ?と聞いたら、翌日は人間ドックだというの~!

だから、前夜の飲食も7時まで!

ヒェー!どんな人間ドックだ?と聞いたら、

普段から予約が取りにくいクリニックなのだそうで

「夏休み中に受けたいと思う人たちが多くて凄く混んでいるから、受付時間も朝7時」なんだそうです。

そりゃあ、前夜の夕食は7時になるのはごもっともです。

もう、普段わが家の夕食だね、と言って、それでも、最近のオバサンにしては頑張ったんだけどね(^_^;

大体、オバサンは7時に夕食のお米といで仕掛けたら、ちょっと寝かせてと、ベッドにごろつきに行くのです。

夕食8時というのが基本だったのに、最近は8時半、9時って時もあったなぁ(^_^;

頑張って、この日は早めにホーレンソウ湯がいて、サラダ作って、豚シャブの段取り付けておきました。

で~、ご飯五時過ぎには食べられるように、結局は5時半くらい。

でもまあ、発表会の時にはゆっくり話せなかったので、アレコレ5時間喋り通して、9時前に帰っていきました♪

ちなみにツレアイ君は合宿研修。

元々ブラックで大変なのに、娘の発表会前後の土日月と熱を出して、

合宿前の準備ができていなくて、この土日は大変だったそうでした。

それも大変だけど、きょうはまず楽しかった\(^o^)/

ツレアイ君、ゴメンナサイm( )m

 

ついでに、貸してあった本をまとめて20冊近く?返してくれました。

車のところから、マンションの部屋まで大変だったわねぇm( )m

それで、新たに何か借りようかな?などと納戸兼書庫を物色して行きましたが、去年?一昨年か?

カラーボックスと段ボールを組み合せて本棚整理してから初めて入ったのかな?

「凄い図書室だねぇ!」と呆れ半分に感心しておりましたv(^^)

そりゃあ、大昔、二段式の耐荷重ン百キロという本棚を壊したオバサンの本の収納方法だからね\(^o^)/

このカラーボックスと段ボールという組み合わせを思いついたのは我ながら凄い事ですよ!

もっとも、それに気づいたのは旧宅からの引っ越しで本を整理しなくちゃならなくなった!という差し迫った経験があったから。

その時にお水の段ボールがなんて持ちやすく耐荷重もあって便利かと思い知らされたのですよ~(^^)

ただ、段ボールに入れちゃったら中が見えない!それじゃ死蔵になっちゃうでしょ(^_^;

こちらに来ても、なかなか思いつけずに試行錯誤して、

カラーボックスの2段組みにお水の段ボールを入れこにしてラベリングすることを思いいつきました(^^)

引き出し式の本棚や、天井までのツッパリ式の本棚、色々の本棚を買って並べていたのですが・・・全部処分して、

これにして、良かった!

それに、結果論なんだけど、カラーボックスと段ボールなら、処分は簡単だし、

本も段ボールに入ったまま、〇ックオフに送るなり、一箱ずつ紙類の処分の日に出せるじゃない?

こんなにうまくいくとは思わなかったことでした(^^)

ただ、大きい本、単行本や図録・美術雑誌は未だに天井までの本棚が二架残っていてそれに収納しているのですよ。

ゴメンネ!ゴメンネ!ですm( )m

8月15日(木)

終戦記念日の日でした。

色々関連の番組があって、大体チェックはしています。

思ったこと、書きたいことはあれど書き出すときりがない。

それに今は怖いからね(^_^;

こうして、世界は平和を捨てていく、んだろうか。

で~、それらを見ていると、息が苦しくなって、逃げるのよ(^_^;

ロイヤルバレエで2016年からプリンシパルに昇格した高田茜と平野亮一の「ロミオとジュリエット」を取っていました(^^)

もう~、トークも含めてものすごい良かった(*^^*)

ロイヤルバレエは、バレエとしてはちよっと感情過多なんじゃね?と、時には思うこともありますが、

やはり、その分わかりやすくて、こちらもついつい泣いてしまったりします・・・バレエなのにね(^_^;

今夜も、大体プレトークで、

高田茜が「思い出しても涙が出てしまいます」と、ジュリエットの感情が残ったままの表情と感想を漏らしたり、

一方の平野亮一が

「舞台は総合芸術だから、音楽も振り付けも全てが大切で、自分もティボルトもパリスもマキャーシオもやっているので、

どうすればロミオがやりやすくできるかと考えて踊っていたので、」

と真摯に語っていたりで、それを聞いてから見たので、余計にぐっと来たのかも(^^ゞ

高田茜が、アレッサンドラ・フェリのジュリエットの映像を見て衝撃を受けて、踊りたいと熱望していたこと、

ジュリエットの性格・生活を深く考え、一つ一つの演技にも自分の思いを載せることに集中していた話などは、

もうそこから舞台は始まっていた!と思える程でした。

これね、こういう時、ま、NHK視聴料とってもしょうがないかな?とは思うけどね(^_^;

でも、民放はまた広告収入でもよい番組作ってますからね・・・それに関しても色々言いたいこともあるんだけど、ね(^_^;