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2013年

2月


2月24日(日)


二週間のご無沙汰でしたm( )m
というわけですが、元気です(^^)
ま、元気になりましたってか・・・♪

二週間ずっと、体調が悪くて書けなかったわけではなくて、
体調は、まああまり良くはなかったのですが、そこそこ数値がよくなったこともあって落ち着いてきたのです。
するとまあ、ごそごそと
整理に取り掛かったものがあったりして、ネットをあけることができなかったのです(^_^;

まあ、溜めに溜めたデッキのHDDの中の「見たら消します」ってのが、もう膨大になって容量が足りなくなったのと、
新聞の切り抜きの整理と、
何より大事な(はずの)13日の源氏の予習の分が、休んでいた日で尽きてしまったので、その予習。
で〜、更に、次の新しい巻「総角」に入るので、そのノートをもらいに行かねばなりませぬm( )m
某大学様、ありがとうございますm( )m
・・・とはいえ、これはけっこう時間がかかるのですねぇ(^_^;

今、たまりに溜まったメールを大整理して、やっと、こちらに取り掛かりました(^_^;
とはいえ、もう日付が変わって24日になってたわ・・・(^_^;

というわけで明日にします。

@〜1杉浦日向子と井上安治〜1987年にこんなこと書いていた日向子氏
@〜2 吉田秀和の「青臭い音」という表現と、質素な音響装置
Aビブリア話、ヒョツとして死海の書?
B伯母の見舞い・古典の響きに反応
C般若心経
D菊吉?!
E玉三郎のレジオン・ドヌール勲章「コマンドゥール」!!
F昔々の能楽入門


なかなか、「明日」にならなくて、書けないのですが、思い出したら書き足します(^^ゞ

@〜1杉浦日向子と井上安治〜1987年にこんなこと書いていた日向子氏
@〜2 吉田秀和の「青臭い音」という表現と、質素な音響装置

元気?になったのに、ネットもあけずに、あけられずにいた第一の理由ですが・・・
↑「溜めに溜めたデッキのHDDの中の「見たら消します」ってのが、もう膨大になって容量が足りなくなった」
ってわけです(^_^;
何しろ、一昨年のお正月の分から残ってます(^_^;
それで、オバサンは、そういうところ、かなりシチコイ性格で、見たいと思ったものを、そのままにするのは嫌なので、
諦めずに取っておいた挙句、この次第m( )m

でー、その中で、衝撃的に記憶に残ったのを一寸書いておきたいと。

これは、一昨年というほど古しなくて、去年の暮れか今年のお正月くらいです。

杉浦日名子さんという人は、一流の哲学を持った漫画と言えば、「サザエさん」と「ドラえもん」しか
浮かばないオバサンが、
初めて江戸文化の研究者として、哲学を持った人なんだ!と感じた人です。

まあ、オバサンの時代は、漫画と言えばギャグ漫画と少女漫画で、哲学もへったくれもなくて、
まあ、大人になったら読むものではない、というより、子供の頃でも、ちょっと字が読めるようになったら、
漫画は卒業、と言う時代です。

ただ、「サザエさん」と「ドラえもん」には教えられる所が多かったです。

スミマセン・・・私、手塚治に対しては、あまりそういう感じを持ったことないのですm( )m

勿論、歴史研究漫画みたいな池田理代子(この人こそ、東京教育大、今の筑波大の哲学科なんだけどね)みたいな人もいるけど、
あまり、「ベルバラ」に哲学なんて感じてないし、
女性版手塚治という萩尾望都という人は、スミマセン、読んでないのですねぇ(^_^;

でー、杉浦さん!
この人も、最初はなんだ、江戸時代を舞台にした漫画なのか?
フウン、呉服屋さんの娘で、着るものには詳しいんだ・・・くらいの印象だったのですよ(^_^;
それが、あ〜、もう何だっけなぁ・・・週刊誌のエッセイか新聞のコラムか・・・とにかく、その「書くもの」を読んで、
偉く感動して、それからですね・・・注目したのは(^^ゞ

で、これは、「日向子とYASUJI」という、題名のNスペです。

井上安治という日本画家というより、江戸末期〜明治の「絵師」という時代の人の絵をフィーチャーして、というの?
ホリゾントにその絵を写して、日向子氏の言葉をフィーチャーしていく、と言うほうがいいのか。
日向子氏は言うのさ。
東京大空襲の焼け野原の、その何もない荒野を見て「既視感がある」と。
それは、江戸の野原のような風景を描いた井上安治の絵を連想させるのだと言う。

で、それも?というところなのだけど、最後の「結び」に1987年に書かれた日向子氏の著書の後書きに、
「この東京が、原発の爆発にあっても、大地震があっても、大津波に曝されても、また必ず甦る!」
と、書かれているのだそうな!!

日向子さん、あなたは、そんな昔から、やはり、原発や大地震・大津波の危険性を知っていたんですね。
そして、考えていた。
そらに、それでも、復興するという希望を持っていたんですね・・・・。
私たちは、目先のことしか見えず、考えられず、あるいは見ても見ぬ不利、知らぬふりをしていた時に、
あなたは、静にその日を見つめていたんだなぁ・・・と。

みゆきさんの「時代」という歌の歌詞に、改めて向かい合う時、

「今はこんなに悲しくて涙も枯れはてて  もう二度と笑顔にはなれそうもないけど」

「そんな時代もあったねといつか話せる日が来るわ
あんな時代もあったねときっと笑って話せるわ」

「旅を続ける人々はいつか故郷に出会う日を
たとえ今夜は倒れてもきっと信じてドアを出る」

という歌詞を読む時、歌う時、みゆきさんは、なんで、こんな1975年なんて右肩上がりの時代に、
こんな先を見るような詩を書いたのだろう?と思っていたけれど、
やはり、みゆきさん以外にもそういう人たちはいたんだなぁ・・・と・・・。

これは、最近の中の最大のショックで感動でした。

@〜2 吉田秀和の「青臭い音」という表現と、質素な音響装置

吉田秀和氏の逝去は、普通の「特番」がなくて、「クローズアップ現代」で取り上げただけだったんて゜すよ。

吉田秀和氏は、音楽の大先生とか大批評家という印象は、実はあまりなかったんですよ(^_^;
何しろ、私が吉田秀和の名前を意識したのは、朝日の文明批評みたいな月一コラムで、
これは、大江健三郎・梅原猛・加藤周一・丸谷才一と同様に捕らえていたわけで(^_^;
美術の高階秀爾氏のコラムとは違うと思っていたんだけど(^_^;
だから、去年、たまさか行ったサイトさんで、ブーニンの話を読んで、へぇ〜っ!と思ったくらいです(^_^;

そういえば、「音楽の友」でも、よく名前見たっけぇ・・・ってくらい(^_^;

で、まず、そのお家の音響装置の質素さに、高感度↑
あの・・・ひねくれていると言われても仕方ないんだけど、
音響装置の凄いの揃えている音楽好きって、あんまり信用しないんだよね(^_^;
勿論、みんながみんな、そんなコンサートに何度もいけるわけではないけれど、
少なくとも、本職ならナマで聞こうと思えば聞ける機会はたくさんあるし、また、批評なんかナマで聞かなくちゃ書けない訳で(^_^;

逆に家にそんな凄い音響装置持っているって、現場へ聞きに行ってないんじゃないか?
って疑っちゃうのですよ(^_^;

でー、また、そこで、たまたま、その大昔のブーニン評が映ってね、「青臭い音」って言ってたわけですよ(^^ゞ
でー、手前ミソですが、オバサンが、あの時感じたのは、そういう意味だったんだなぁ、と自分で納得(^^ゞ
ってか、音だけでなく、いろんな芸にしても、オバサンは「青臭い」というのが、あまり好きではない(^_^;

一寸逸れるけど、
各分野の本当のファンと言うのは、青い時代〜若い時代って言う意味ですよ♪
そういう時代から目をつけて、育てていく?いや、育っているのを見ることを楽しみにするって人が多いわけです(^^ゞ
で、それが多分、どのジャンルにしても、ファンとしての正しい在り方なんでしょう(^^ゞ
オバサンは、そういうの全くダメなのです(^_^;

つまり、若い時代でも、納得できる魅力がないとだめなのよ(^_^;
だから、歌舞伎でも宝塚でも、勘三郎や三津五郎みたいに、
本当に子供で出てきた時からちゃんと見せられる人じゃないとだめなんさ(^_^;
だから、若い頃、物凄い大嫌いだったのに、その人が良い舞台を見せるようになってから大ファンになった、なんて多い(^^)
反対に若い頃、物凄い好きだったのに、伸び悩んだり、今このとき!ってチャンスに飛躍できない人は、
それまで夢に見るほど好きだったのが、大嫌いになったりします(^_^;

自分でも、現金なもんだわぁ!と感心し?たのは、今じゃ人間国宝(歌舞伎脇役として)田之助(^^ゞ
あの人は、昔・・・あ、今も、ですが・・・ブクブク太って大根の女形!みっともないっちゃありゃしない!
と、思っていたのですよ。
ところが、あるとき、演舞場で「神霊矢口渡」のお舟が凄くよかったのですね(*^^*)
そしたら、ブクブク太って嫌な女形が、豊満な良い女形に代わっちゃった(^_^;
藤十郎だって、凄い人気があって、映画やテレビで引っ張りだこだった頃は、お色気過剰のニンフォマニア!
ってくらいだったのですよ。
それが、これも演舞場で「藤娘」踊ったのを見た時、大・大ショックを受けてころっと大ファンに!!
恩師の武智鉄二まで、偉大な指導者に変わっちゃったm( )m

まあ、私は梅幸の「藤娘」はちっともいいと思わなかったからね・・・初めて素晴らしい「藤娘」を見た!と思った(^^ゞ

あ〜、話がそれた・・・みんな歌舞伎に繋がっちゃうな・・・今の場合仕方ないです(^_^;

でも、だから、前橋汀子さんなんてのも、そうだったのよ(^^ゞ
若かりし頃から、テクニックは凄い!と思っていたけど、なんか音に膨らみがないなぁ、と思っていたのが、
ある時、物凄い音がふくよかになって、ホール全体が、メンデルスゾーンになった\(^^)/
その時は、例の超ポピュラーの
「メンデルスゾーンのバイオリンコンチェルト」だったんですけど、何年か前に聞いた音とは全然違うのです(^^ゞ
まあ、素人のたわごとって言やぁそれまでだけどね(^_^;

逆に千住真理子さんなんかは、天才少女でバーンと素晴らしい音色だった割には。伸び代が少ないなぁ、と思う(^^ゞ
一寸残念なんだけどね(^^ゞ

そういえば、吉田氏は、例の「ホロヴィッツ初来日」でも、「ひび割れた骨董」と評して、
その後、「ホロヴィッツが二度目の来日をしたのは、吉田氏に聞かせるためだった」と言うのね(^^ゞ

オバサンは、その前のリヒテルで失敗しているから、
「嘗て素ン晴らしいピアニストだった人は、レコードで聞くのが一番」と思っていたので、ね。
もっとも「ホロヴィッツ初来日」は一番高い席が五万円で、とてもとても行ける値段ではありませんでしたけどね(^^ゞ



Aビブリア話、ヒョツとして死海の書?

2月22日はビブリアの発売日!!ということで、もうカウントダウン状態でした!!

それにしても、まあ、そろそろ煮詰まってきたなぁ、と思ったら、やっぱりソロソロだそうで・・・(^_^;
でー、今度は世界へ目が向くらしい♪
とすると、また長編だよね・・・ナンだ?と、思ったら、もうこりゃ「死海文書」しかないじゃん!!
と、予想(^^ゞ

でも、ビブリア狂い仲間のお友達と話していて、ア!!シェークスピアのナマ原稿?!
シェークスピアもいろんな人物の集合作品じゃないかと言う説もあったり、
あの人か?この人か?っていろんな説があるわけで・・・まあ、みんなあまり宛にならないらしいけど(^_^;

これ、どっちかだったら面白い!!ってか、予想的中で大威張りなんだけどな(*^^*)



B伯母の見舞い・古典の響きに反応

この2月22日は、体調不良が、ちょっと落ち着いてきて、エイやっと伯母の見舞いに行ってきました♪
でー、帰りにダンナと落ち合って、新しいお医者様に連れて行ってもらうことにしていたのです(^^)
最近出かけるって言うのは、殆どお医者さん通いで、まあ冴えないこと!!

それに引き換え、伯母は、もう元気!!
まあ、勿論寝たきりなのですが、ちゃんと、私の言葉にも反応してくれました\(^^)/
食事も、ゼリー状ではありますが、三食ちゃんと口から摂っているそうですし・・・と言っても、
これはひとえに、ここのホームの方たちのご努力と愛情ですよ〜!!
私なんて、職員の方たちに顔向けできない伯母不孝m( )m

それで、職員の方たちが「たくさん話しかけてあげてください」と仰るのですが、
そうそう話のネタもないわけで・・・困って、
「平家物語の冒頭」と「源氏の書き出しのトコをちょこっと言ったら、
偉く嬉しそうに反応したのよ!!!!
ふぅん・・・、伯母は一応詩人の端くれでもあったわけですから、やはり、こういうのはいいのよね♪
もう、昔と違って、私も殆ど暗誦できないのですが、今度来る時は、本を持ってきて読んであげてもいいかな〜、と(^^)

ちょっと嬉しかったv(^^)



C般若心経

NHKの教育チャンネルで「100分で名著」というのをやってます(^^)
名著のダイジェスト紹介、といえばそれまでですけど、題名だけ知っていても、どんなの?と思うものがあるじゃない(^^ゞ
一番良い例が、去年の゜八月にやったピーター・フランクルの「夜と霧」。
書評でも出ていて、読みたいとは思ったけど暗そうだ!と思って一寸手が出なかったんですよ(^_^;
でも、これ見て、あ!買ってもいいかな?と思いました。
と、言いながら、目先の本に心引かれてなかなか買わないんだけどm( )m

それで、今月は「般若心経」でした。

私は、一応仏教徒として、真言宗・日蓮宗・曹洞宗・・・など、手に入った分だけですが、変わりバンコニ読んでます。
こんなイージーな仏教徒もないかも、ですが、
そのどれにも、「般若心経」と「観音経」は入ってます♪
ありがたいことに「漢字」で書いてあるので、漠然とした意味はわかります。
もっとも、その解釈で正しいかどうかはわかりませんけど(^_^;
ので、ね、ちゃんとした解説も聞いてみたいな、と思っていたので、これはグッドタイミングでした(^^)

まあ、説明されても、どうってことない!結局はひたすら唱えることに意義がある!と確信(^^)

でも、基本的には、曹洞宗の経文解説文が一番ぐっと来るかな・・・これは、読んでいると自然に涙が出てくる(^^ゞ
内は、代々日蓮宗だったんだけど、ねぇ(^^ゞ
ただ「提婆脱達品」ってのは、源氏にもよく出てくるので、これは源氏かじっている者としては必須です(^^ゞ

チャンスがあったら、浄土宗と浄土真宗の経本もゲットして読んでみたいと思ってます(*^^*)
ちなみに、真言宗の、「たぶんサンスクリット」の読み方じゃないかと思う部分は読みにくくて、
もう一年以上読んでいるのに、なかなかスラスラ読めませんm( )m



D菊吉?!

菊之助が吉右衛門の娘との結婚を発表して、へぇ〜!ビックリ!

おまけに、その菊之助が「吉右衛門が怖い!」といってたので、ワッハハハ(*^^*)
そりゃあ、お前んとこの親父みたいないい加減な役者じゃないもんね(^^ゞ

でも、菊之助は、親父にくらべりゃ、相当真面目(^^)
でも、もう35になるんだってねぇ・・・それであれか?と思うけど、一生懸命努力しているのはわかるから、
それはそれでいいかな、と諦めているけどね。

それにしても、こないだの「芸能百花繚乱」で、「浮かれ坊主」は、無理だったなぁ(^_^;
真面目に踊っているのはわかるし、チャレンジ精神は認めますがね・・・10年早いよ!!
ピョコタンピョコタン飛び跳ねて、お尻丸見え、前もふんどしの垂れ部分が年中めくれ上がってアチャア!って感じどすぅ(^_^;
軽妙に踊るという意味を勘違いしている気もするしねぇ・・・。
踊り!まさか、親父に習っているわけじゃないでしょ?
ちゃんと藤間宗家に行ってるんでしょ?
そうなると、勘十郎やコウコ(康司)にも文句つけたい!!

本当に踊れる役者がいなくなっちゃったなあ・・・。
今、「浮かれ坊主」を踊れるって、三津五郎くらいじゃない(^_^;
亀治朗と勘九郎なら、ソコソコは踊れるだろうけど、「軽く」というのはどうかな(^_^;
これは、マジで17世勘三郎と二代目松録を見ているからね・・・こりゃあ見るほうも辛いよ(^^ゞ



E玉三郎のレジオン・ドヌール勲章「コマンドゥール」!!

去年、玉三郎が、突然に人間国宝って言われた時、
何で、こんなに急に?と思わないではなかったが、ってことだよね(^^ゞ

たぶん、去年の〜5〜6月あたり?フランスから、打診があったんじゃない・・・「コマンドゥール」を出したいって(^^ゞ
そりゃあ、まずいよね・・・日本が知らん振りしているのに、
海外から先に、(民間人の)最高勲章出したいって言われちゃね(^_^;
丁度半年後で、日本も赤恥かかなくて済みました(^^ゞ

久保田一竹さんの時も、日本は何も無反応だったのに、あの一竹人気は、フランスからの逆輸入だったものね(^^ゞ

まあ、玉三郎の人間国宝の時、日本のファンの間でも、歌舞伎だけに集中してやって欲しい、とか、
海外や、鼓童の演出とか、新派に出るのは止めて欲しい、見たいな事を言う人もいたらしいけど(^_^;

少なくとも、「新派への出演」に関しては、
玉三郎としては、新派女形の灯を消したくない、という思いがあると思うんだ。
今、新派には、英太郎しか女形がいない!
それもあんなに巧くて、花もあるのに主役はさせてもらえないんだから。
これは、時代ということもあるけれど、「初代水谷八重子の大きな功罪」とも言えるとんだよね(^^ゞ
しかも、初代八重子としては、そのへん、かなり責任を感じていたはずだと思う。
玉三郎としては、その八重子の責任のバトンタッチをされたんだと思うわけですよ(^^ゞ

昔のVTR見ていると、あっ、玉三郎の立ち姿のポーズはこの八重子の決まりから来てるのか、と気づくこともあります(^^ゞ
その辺の状況を考えると、
さらに玉三郎の演出力や表現力を考えると、歌舞伎だけで終わられるのは、逆に損失だと思うんだけど。



F昔々の能楽入門

1980年代に、シコシコ撮り溜めていた、お能のVTRをやっとDVDに落としてもらいました(^^ゞ
元々が古い映像なんてものも多いので、
お金があれば、NHKからリマスターしたDVDとして出ているのを買えばいいんだけど、
それはそれで、結構するし(一本5000円くらい)、手元にあると思うと、買うってのも、ちょっとばかばかしいので(^_^;
それに「能楽鑑賞入門」なんてVTRは売ってないので、これは大事!!
梅若さんも東次郎さんも、みんな若くて(^^)
そうそう、平野啓子さんも、まだNHKのアナウンサーとして出てます♪
昔からきれいだったのねぇ\(^^)/

まあ、お年を召して亡くなった方は、単に懐かしい、ですみますが、
野村万蔵なんかが、若くて解説に出ていると、早世は可哀想だったなぁ、と思ったり(^^ゞ
でも、生きていて、実力的に、萬斎に大きく水を開けられたら、それはそれで哀れだしね(^_^;







2月9日(土)


歌舞伎ファンの同好の士のお友達からメールが来ました(^^ゞ
「団十郎様まで亡くなりました。悲しくて、悲しくて、残念でなりません。
とっても、温かい、大きな団十郎様が大好きだったのに…
歌舞伎は大丈夫でしょうか…」って!!

ふーむ!彼女は団十郎ファンだったんだけ?
海老蔵のことはかなりお気に召していたみたいだったけど・・・アレレ(^^ゞ

で、私が書いたレス。
でも、病やつれも見せ無いままで、逝けたのは良かったぁ!と思いました。
成田屋の芸は荒事だから、相当な体力が要ります。まあ、世話ものの精神力や修行も大変ですけどね。
もし、生き続けていても、それが出来なくなれば、
あの律儀な団十郎としては、やはり、相当苦しんだと思うので、まあ年齢的に言ったら、早いかも?ですが、私は良かったと思ってます。
去年の秋の、幸四郎との弁慶ー富樫の役変わり公演が、そこそこ評判が良かったし、
(実際はあんまり劇評はよくなかったみたい(^_^;)
ああ、一世一代なんだろうな、と覚悟してました――って(^_^;

冷たいですか?でも本音!!

あの時も、これは、勧進帳なんて大丈夫かい?と思っていたんだけど、考えたら、
あっ、今やらなきゃ、もうダメかもしれない、と思ったんだよね(^_^;

それに荒事の成田屋が病にやつれた顔見せちゃいけないよ!
やつれた顔を見せないうちに逝けたのは、団十郎の人徳ですよ♪

で、彼女、一月の演舞場を見に行ったのだそうです(*^^*)
「新春歌舞伎で、福助さんも、橋之介さんも、三津五郎さん、幸四郎さん、人間国宝の仁左衛門さんたちです。
本当に凄くて 素晴らしくて感激しました。涙がでた!
勘三郎さんの事もあってか、皆さん一生懸命で、舞台が熱く、圧倒されました
本当に楽しかった。」そうです。

「舞台の役者さんと観客が 歌舞伎を守る、っていう空気が満ち溢れてて…」と続いてました。

だから、団十郎の死には、もうショックで、涙々だったみたいです。
「テレビで、優しいお顔を見る度に、胸が締め付けられます」とも(^_^;


それで、冷たい私のレス(^_^;
私も好きでしたよ。大根は大根だけど、大いなる大根だ!と思ってました――って。

いや、大根役者って言うのはこれは事実だものね(^_^;
ただ、大根役者ってことも大事なことは大事゛なんですよ♪
但し主役の場合だけど。
宝塚なんかは「演技派は二流」って普通に言って居直ってるけど、
宝塚だけじゃなく、歌舞伎も、おおむね舞台全体に言えることでもあるんだよね(^^ゞ
ただそこにいる存在感ての!
小細工をしない!!
・・・まあ、団十郎は小細工ができない人なんですけどさ(^_^;

誰もが、吉右衛門や仁左衛門のような、花もあって実もあって、と言うわけには行かないの!!
だったら、主役を張る役者は「花」優先(^^ゞ

そういえば、思い出したのですが、11世団十郎、つまり、今度の団十郎の親父が死んだ時ね。
「良い役者だった、ジワが来る本物の千両役者だったと言う声はよく聞くが、
ウメエ役者だったってぇ声は聞かねぇな」と言った人がいるんだよ(^_^;
誰だったかな・・・あの口調は、戸板康二氏とか、劇評家の口調じゃないと思うんだ(^_^;
もっとも、新聞記事の中にも、同じような内容で、
「大スターではあったが巧いという役者ではなかった」というのは読んだ記憶がありますね(^_^;

今回も、「おおらかな」とか、まあ、「スケールの大きな」ってのはあったはね♪
そのへんの形容詞が飛び交ったけど、巧かったとか、いい役者だった、とかはなかったからねぇ・・・涙。

だからさ、大根てのは、市川家代々ったって、11世は養子だからね、、、まあ、ここ三代の血筋です。
それにしたら、↓海老蔵は嫌な奴だけど、あっ!と思わせる時があるから、大根とは言えないかも。

団十郎も、
成田屋の看板芸では、あまり良いものを見た記憶がないのですけど、
かえって、人情味のある役などは、あの人の人柄が出て、良かったなあ――ってのは慰めにならないかな(^_^;

まだ若い頃?一時、星を見るのにはまったそうですってのも書きましたよ。
深夜に一人で屋根に登って、ぼーっと星を見るのがいいと、忘れたいこと沢山あったんでしょう・・・これ本当にそう思う(^_^;
歌舞伎の元締めという市川宗家を背負っている重み、と言うだけでない、いろんなものね・・・(^_^;

「歌舞伎は大丈夫でしょうか…」なんて、彼女が書いてたので、
大丈夫です!なんて、偉そうに請け負っちゃった\(^^)/

名人や大スターが亡くなる度に危機が叫ばれて、また大スターが生まれて、名人が出現して…
そうやって何百年も続いて来たんですから――これ、本当ですv(^^)

勘九郎と七之助が、二人で、読売演劇賞の個人賞を、それぞれに受賞しましたね
やはり、未来の名人は生まれつつありますよ♪
海老蔵だって、人間的には最悪で、親が死んだくらいで、何が変わるともおもえないけど、
芸と存在感では、もはや、団十郎を越えてたから成田屋も大丈夫でしょうしね!――って書いたんだ!


「テレビで、優しいお顔を見る度に、、胸が締め付けられます」ってのには、
あの「オペラ座のフランス語」は、あの人の律儀さの集約のような感じでした、って書いたんんだけど(^^ゞ
勘三郎が英語習ったのはね、なんとか、ジョークをストレートに伝えたい!ってことでしたけど、
団十郎としては、相手国への礼儀として必死に覚えて行ったという感じでした、って。
本当に、あの団十郎のスピーチは誠意の塊って気がしてます(^_^;
日本代表として、歌舞伎の総元締めとして、誇りと誠実さをアピールしたんだよね(*^^*)

でも、それでも、舞台は続いて行くし、役者は育って行きます!
後は、良い脚本と演出家が、出る?育つ?というのが大問題ですよね〜・・・って書いたんだけど、
本当は、これが大問題!!


勘三郎が死んで一番のショックは、そういう歌舞伎の新しいジャンルを拓こうという
プロデューサー的手腕を持った人が死んじゃった!ってことです。
野田秀樹を引き込んだり、串田和美の演出に出たり、
コクーン歌舞伎・平成中村座・金毘羅歌舞伎・・・みんな、無理だと思われたことをやり遂げた(^^ゞ
それも、古典の歌舞伎を守りつつ壊していった、という凄腕振りでした。
決して、良い評価ばかりではないし、冷たい眼で見ている連中もいるけれど、
こうやって新しい分野を開拓していかなければ、古典は化石になってしまう、ということをよく知ってましたよね(^_^;


団十郎が死んで、松竹の株価が下がったそうですけど、
(まあ、これは勘三郎との相乗効果もあるかも、だけどね)
まあ、彼はお神輿にはなれるけど、
どの御社のお神輿作って、担ぎ手探して、どこを練って、どう御社に納めるかってのを考えられるのは勘三郎、
一昔前の猿之助、現猿翁ですけど、くらいなんですよ(^_^;
今は、一寸、吉右衛門が「秀山会」で、企画し始めたって所ですか(^_^;
そういう意味では、歌舞伎以外の舞台での染五郎の企画力はなかなかよさそうだけど・・・それが歌舞伎に出るかどうか(^_^;

それと、やはり、この際は、藤十郎が、もう少し、若手の面倒を見てくれれば…と思いますけどね(^_^;
松竹に対して、含む所もありそうだけど…微妙な感じ(^_^;
まあ、私なんかが知らないだけで、いろんなサポートをしているかもしれないけど・・・。
大体、自分の子だって、翫雀と扇雀とは随分熱の入れ方が違う、と思うもの(^_^;
それに、あの壱太郎というの?名前変わったかな・・・翫雀の子は、
どうもぱっとしない・・・母親は天才と言われた吾妻徳弥(今は徳穂)だよ〜!
納得いかないなぁ(^_^;

まあ、指導は玉三郎が頑張りそうだから、いいといえばいいのですが・・・あの人、
何時までも自分が舞台に立てるわけでもないから、なんて言ってるでしょ!!
わかってるんだなぁ・・・と、感動してますが・・・出来れば、切りの好い所で、
あの鏡が池のように・・・ねぇ(*^^*)

そうそう、彼女のメールへのレスに
吉右衛門の面倒見の良さは頭が下がるし、孝夫さんも、役者としては、もう吉右衛門と二人、歌舞伎の双璧ですからね(^^)
歌舞伎は大丈夫!
なんて書いたのですが、そういう意味で、団十郎はお先に失礼でよかったと思ったのですねぇ。
渡辺保氏なんか、よく三人比較して、決して、歌舞伎の元締めに恥掻かせるような書き方はしないんだけどさ、
どう読んでも、考えても一枚落としているんだよね(^_^;
実力は仇疎かなことでは忽せにできないものね(^_^;

もうひとつ、最後に書いたのは
踊れる役者が三津五郎しかいなくなって
まあ、亀次郎…新猿之助・勘九郎はかなり踊りますが…そっちがちょっと心配です、
ってことです。

これはねぇ、歌舞伎役者は踊りが基本だから、誰も彼も踊れないわけはないの!!
でも、じゃぁ、みんなが巧く踊れるのか?って言ったら、こりゃぁねぇ・・・。
まず、富十郎が死んで、・・・ン〜、当時の富十郎は盛りの頃に比べると、けっこう悲惨だったんだけど、
それでも、腐っても鯛!ってとこあったでしょ(^^ゞ
で、勘三郎と三津五郎がいるからって安心していたら、
勘三郎が死んじゃった!
そしたら、もう〜三津五郎とはレベルがタ゜ンチなわけですよ(^_^;

勿論女形の踊りなら、玉三郎も福助もいるし、
女形にとって、踊りは死活問題?って所もあるから、みんなそれなりに気合いれるしね・・・。
立役で踊れる!となったら、梅玉はさすがにソコソコ踊るけど、渡辺氏も褒めていたことあったよね・・・それにしても、ですよ(^_^;
いない!
松緑が、もう一寸踊れてもいいんじゃないの?
藤間の家元だよ!!!!
それから、橋之助!
あの人は、昔11歳くらいで「供奴」踊って、けっこう評判とっているんだよ!
親父は芝翫で、兄貴は福助。
もっと踊れていいはずなんだけどなぁ・・・不満。
まあ、オバサンは、ナマでずっと見てないわけですから、一概に言えないですけどね(^_^;

若手まで、ぐっと下れば、↑の猿之助と勘九郎がいるけど・・・後はなぁ(^_^;
時蔵の所の万太郎というのが、芝居では、ちょっとした役で、おや?っと思わせたんだけど、踊れるかな・・・?
まあ、長い眼で見なくちゃ、ねぇ(^_^;

でも、そうやって、歌舞伎は続いていくんだよね!!
と、思いたい!!ってことで、ここにアップしましたm( )m



2月8日(金)

伯母の所に行きたい、とは思えど、何せシンドイm( )m
まあ、悪いようなら連絡を下さる、ということだったので、電話がないのは、まあいいんじゃないか(^^ゞと、
こないだの様子から、横着してました(^_^;

まあ、私自身が体調不良で、寝てばかりいるので、体全体の筋肉も弛緩して、だんだん外出に不安も出てきます。
ので、申し訳ないことながら、電話で一寸様子を聞いてみることにm( )m

そしたら↑予感は見事的中!!
伯母は、点滴も酸素もはずして、三度の食事(と言っても流動食でしょうが)、しっかり食べているそうです\(^^)/
凄いねぇ!!明治生まれ!!!
病院から、退院するときに、「退院したら一週間もつかどうか?」と仰った先生にお聞かせしたい(^_^;
いや、別に嫌味とかでなくよ!
明治生まれは強いでしょってことです(^_^;

私も、落ち着いたら行かなくちゃねぇ(^^ゞ

と、ここまではいいんだけれど、
実は、ダンナがクラス会に行く前に、ダンナの従弟が避難していたアパートで亡くなったという連絡がありました。
結局、あちらにいる親族だけでお見送りすることで、私たちも行かないし、お香典もご辞退されました。
でもね・・・本当に、あの3・11以後、地震でも津波でも助かった!という親戚・知人が、
私たちの知らない間に、随分亡くなっているそうなのです。
まあ、親戚はね、連絡あるのですが、義兄の友人・知人など、せっかく助かっていても、避難先で亡くなっていらっしゃる!
ストレスでしょうねぇ・・・故郷に帰れないという喪失感もあるだろうし・・・。

なんとかしろよ!政府!東電!!
東電なんか、また嘘つきやがって!!!!!
そういえば、不思議な話。
誰も言わないのはなぜ?
あっちこっちの原発を、止めるか、止めないか、活断層があるかないか知らないけど、
現に原発の傍に家が建って、人が住んでいるわけですよね。
病院だって、そばにあるんだよ。入院患者抱えて。

ねぇ、今、原発止めることにしましたって言ったって(現行動いているのは大飯原発だけですけど)、
今すぐ原発撤去、核燃料撤去ってわけにはいかないわけですよ!!
原発を止めたって、実際核燃料を撤去して廃炉にするまでは何十年間、地震や津波に襲われる危険はあるわけです。
勿論、現実に稼動している原発と、停止している原発の危険性は比較にならないけど、
現実問題として、核燃料抱えた原発がそこにあって、もしまた大地震とか襲われたら、
その傍に住んでいる人たち、その傍の病院の入院患者たち、どうするの?どうなるの?
また福島の二の舞なの?

原発再稼動を議論する前に、原発の、少なくとも20キロ以内の人たちは、その外側に移住してもらわなくちゃいけないんじゃないの?
どうして、そういう話が出てこないのかな?
つまり、それって、原発の危険性を知らせたくないってことだよね(^_^;
どこだったっけ・・・原発5キロ圏内の病院の耐震装備をするとか、というニュースもあったよね。
そもそも、原発5キロ圏内に病院作るほうが間違ってるんじゃないの?
さんな近くに住んでいる住民には、圏外に移住してもらうのが、原発作る以前の課題だったんじゃないの?
まあ、政府がそういうこと言い出せば凄いパニックになって、そんな危ないもんなぜ作った?!ってなるだろうし、
地元の反発もすごいでしょうね。
でも、
住んでいる人たちも、そういうこと言い出さないのはおかしいと思うのですよ。

危ないもんだって知りたくない!
原発があるから生活できる、原発がなければ生活できない、と言うけれど、
知らないで、知らん振りして、
でも、それで、いったん事故が起きれば、どうなるか?って考えないのかな?
そんな、代々の故郷の家や土地を捨てられるか?と言うのでしょうが、それで事故が起きれば、
現に、義兄たちは、地震でも壊れなかった家を捨てて仮設住まいですよ。
もう、生きているうちに帰れないだろう、と諦めてはいるけれど、
多少の危険があっても帰りたい!という気持ちを持っている!!

少なくとも、事故が起こってから、追い出されるように避難させられるんじゃなく、
とにかくまだ無事なうちに、安全な新しい故郷を作ってあげよう、作ってもらおう、
というのが現実に差し迫った問題じゃないんでしょうかね。





2月4日(月)

いやはや・・・ナントもうしますか・・・二月ですよ!もう(^_^;
寝ているうちに一月は終わってしまいました(´∧`)〜ハァー

昨日から、一応、ちゃんと起きて、老夫婦の命のスープ?!なども作り始めましたv(^^)
で〜、本とは、今日が本ちゃんなのですが、とても平日にnemoが夕食に間に合う帰宅が出来ないと思いまして、
昨夜のうちに、誕生会をしてもらいました\(^^)/

まあ、息子から、「時にママ、いくつになったの?」と聞かれて、素直に答えられない年でもありますが(^^ゞ
しかし、この年になって家族から誕生会して頂く、というのはありがたいことです(*^^*)
それに、この最近の不調続きを嘆いたら、
「でも、手術とか入院はないでしょ?」と言われて、そりゃあそうですね。
「会社の上司で、ママより若い人が、手術後の療養に専念するって、定年を一年残してお辞めになったよ」
ん〜、そう考えれば、家でヒヨヒヨ言っているだけで済んでるっていうのは幸せだよね(^^ゞ

ダンナも、明日からまた同窓会の旅行で熱海一泊なので、
気を使って、豪華なお寿司を取ってくれました!!
ダンナは去年も同窓会は一泊だったしね・・・いいなぁ♪
おばさんが旅行一緒に行けるようなお友達は、今ドンピシャ介護で二人とも出かけられないのよね(^_^;
オバサンは一人旅は全然OK♪なんですが、
ダンナがいるのに置いて出かける、と言うところが一寸抵抗あるですねぇ(^_^;

まあ、その代わり、カルチャーやランチとか整体に通わせて頂いているわけですが(^_^;

それよりもさ、今年のダンナのお誕生日は、アホの姉弟から、
一寸特別な年ということで、偉く豪華なお店を予約してもらってます(*^^*)
まあ、はっきり言っちゃえば古希!!
↑それだけでなく、夏には家族旅行を計画中してくれているとかですm( )m
これは、アホの姉弟とかは、もう書けないやねぇーーーって、書いてますが(^_^;


そういえば、団十郎も死にましたね〜。
まあ、こっちは、だいぶ前から覚悟していたことだし、66歳だし、
そう巧いという役者て゜もないし、
人間的にはどうでも、海老蔵は、既に親を超えているから、まあ諦めもつくよね(^^ゞ

ただ、ああいう歌舞伎のばかばかしさを体現できる人っていうのは、これからの時代は難しいでしょう(^^)
それに、律儀な人ではありましたよね(^^)
団十郎の律儀さを顕す良い話でね、まだ二代目松緑が生きていた頃、

「おじさん、このごろ、勧進帳が出すぎじゃありませんか?
お客さんに飽きられちゃったらどうしましょう?」
と聞いたんだそうです。
そしたら、松緑が怒って、
「バカヤロウ!おめぇが良い弁慶見せりゃあ、他の誰もやれなくなるんだ!
しっかりしろい!」

と言われたんだそうですよ(^^ゞ
テレビで、団十郎本人が照れながら言っていた話♪

二代目松緑は弁慶の高麗屋の三男坊、つまり高麗屋三兄弟の最後の一人で、
「菊五郎劇団」の繋がりもあって、甥の団十郎の指導もしてたわけですね。
自身も「勧進帳」の弁慶は代表作のひとつですからね・・・この話は重みがあるよね(*^^*)

母は、団十郎の大根ぶりにウンザリしていて、あまり好きではなかったのですが、
この話だけは大気に入りで、「あの人らしい律儀な話だよ」と、呆れながら喜んでました(^^ゞ
だから、あの海老蔵の一連の暴力騒ぎでも、
「あの律儀な団十郎から、なんであんな馬鹿が生まれたんだろうねぇ?」と嘆いてました(^^ゞ

歌舞伎の世界では公然の秘密で、誰に隠れる所でもなかったでしょうが、
10歳前後までは、社会的には秘密にされていて、要するに「隠し子」の扱いだったわけですから、
(テレビで、初舞台が7歳、と言ってましたから、その前には披露してもらっているはずですから、
5〜6才までが隠し子状態だったんでしょう・・・その辺は、宮尾登美子の「析の音」に、けっこう事実?に沿って書いてある)
それなりの思いもあったでしょうが、まあ人柄はよかったみたい(^^ゞ
だから、成田屋の家の芸というのは、良い物見た覚えがなくて、
かえって、世話物のような、人柄が生きるようなものに、あれ?という良さがあったように思います。

それと、私が団十郎を好きになったきっかけは、
歌右衛門とやったカサネ(「色彩一寸刈豆」)の伊右衛門なんだけど、
この時は、女帝歌右衛門に負けず劣らず、凄い虚無的な伊右衛門でした!!
だけど、本当に大根は大根でねぇ・・・時々、ウンザリしたことも多かったなぁ・・・(^^ゞ

それでも、海老蔵が復帰した「江戸の夕映え」では、本当に舞台で、そのまんま嬉しそうで、
海老蔵なんかどうなってもかまわないけど、団十郎のためにしみじみよかったな〜と思えたね(*^^*)

まあ、この程度のことで、海老蔵の人間性が替わるとも思えないし、
なまじ人柄がよくなって、今の俺様が歌舞伎だ!みたいなオーラがなくなっても困るので、
このまま憎まれっ子で突っ走って、大スターらしく、早めにくたばりゃいいんじゃないの(^^)
元々、傾きモノ・河原乞食の世界なんだから、歌舞伎役者にモラルなんか求めてないし♪
それが歌舞伎発展の元かもしれません(*^^*)

そうそう、団十郎は、一時、天体望遠鏡で星を見るのが好きだったそうです(^^)
夜遊びしても、深夜家に帰って、どんなに寒い夜でも、一人で屋根?に上って星を見ていたそうですよ。
その時、何を思ってみていたんだろうねぇ・・・。
今度は自分で、その星になったんだわね。
心からご冥福をお祈りいたします。合掌。