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7月22日(土)「光源氏と紫上-3」 紫上のヒロイン性@ 円地・瀬戸内・田辺三氏の紫上考

円地文子氏の「源氏物語私見」には、「紫の上のヒロイン性」という一章がありまして、その中で、氏は紫上の存在に関してこう述べられております。その冒頭は長いのですが、恒例引用集で以下――

「源氏物語」は、ある時代には「紫の物語」とも呼ばれていたという。それは、篇中の紫の上が、理想的な女性として描かれていること、また、彼女については、少女期から始まってその終焉まで殆どその一生が作中に語り尽くされているためでもあろうか。
現在でも「源氏」についての主題やモチーフを解釈する人は多く、意見もそれぞれであるが、その中には、紫の上に象徴される、一夫多妻の社会に於いての女の苦悩ということにそれを絞って見る向きもあるようである。―中略―しかし、紫の上と源氏との結びつきは、徹頭徹尾二人の間の愛情が主になっているので、家と家との間で結ばれた結婚でないことは確かである。

この後、わかき日の源氏が幼い紫上を自ら抱きかかえて自邸に奪ってくることにも触れ、
略奪結婚の遺風がはっきり出ている場面で、この部分の源氏は空蝉の閨に忍び込むときとは較べものにならないほど、男っぽく野生を帯びている。――と述べ、さらに続けて
「源氏」のうちで「伊勢物語」をなぞった構想の部分は多いが、「昔男」の野生が雰囲気として漲るのは、「若紫」のこの件りだけのように思う。――と書かれています。

そして、原文中のあれこれの紫上への讃美の場面、表現を解説しながら、更に、
しかし、私は、紫の上を「源氏物語」の女主人公とは思わない。勿論、彼女の源氏に愛されながらその愛の純一でないことへの不信に悩むことが、作品の一つのテーマでないとは言えないであろうが、物語のヒロインとして、紫の上は余りに庇われ過ぎていると私は思うのである。――とおっしゃるのです。更に

もともと、彼女は藤壺の形代として源氏の前に現れる。源氏が紫の上を育てていく基本には藤壺という永遠の女性があったわけである。紫の上を藤壺に似るように育て、それは全く理想通りに成就した。いやむしろ才能の点で紫の上は藤壺に優っていたかもしれない。しかし、ドラマとしてみるとき、藤壺にはどんなにそれ自身完全であっても、どうにもならない大きな破れが宿命として与えられている。藤壺がヒロインであり、紫の上がヒロインでないのはその一点のちがいである。
例えば須磨明石の落魄時代に孤閨を守っていた若く美しい紫の上に対して、何一つ、誘惑らいし事柄はおこっていないではないか。継子の夕霧が野分の朝垣間見て思いしみた彼女への恋にしても、僅かにその死の後にあとに、死に顔の美しさを見させるだけにとどめて、それ以上深入りさせていない。作者は紫の上という女性を光源氏の好配として、並べて置くたのしみをうち消さないために、彼女のまわりに、無法者の立ち入れない魔法の帳をかけわたしたのである。――と結論付けています。

須磨・明石流謫の際の紫上の「留守番ぶり」については、作家として、よほど残念なテーマであったらしく、対談集「源氏物語のヒロイン達」のなかで、清水好子氏との対談で紫上を取り上げた時にも触れています。
 清水―源氏が須磨に行った間も、紫の上のことをけっして忘れていません。
 円地―そう、そう。あの間、三年間ぐらいて゜すね。紫の上は二十かそこいらになっているる。世にもきれいな人が、お留守番しているわけね。小納言とか乳母とかが付いてはいるんですけど、その間、男が忍び込まないのが、私は不思議だと思うの。
 清水―まあ、私、そんなこと考えてもみませんでした。やっぱり作家の方の空想と言うのは、・・・(笑)。でも、たしかにそうですわね。源氏は失脚しているわけですから、敵方がもっと屈辱を味わわそうと思えば・・・。
 円地―紫の上になにかができるわけね。
 清水―できますねえ。
 円地―紫の上が寂しがっているとか、辛いとかいうびょうしゃがないでしょ。
 清水―源氏にばかり焦点をあてています。
 円地―暮らしにはちっとも困らないと書いているけれど、それにしたって、つまり、源氏との夫婦生活がないわけですから。
 清水―ちょうど女盛りですのに。
 円地―あの時分だったら、忍び込む人が、いかにもありそうな感じもするんですけど、ありませんよね。なんか私つまらないこと考えちゃうのね(笑)。

いやぁ、それは円地氏が現代の作家だからでしょう、と私などは 単純に思ってしまいます。
大体、この「若紫」「須磨・明石」近辺の物語の作り方と、「若菜」近辺の話の構成とは大分違う、ということは、円地氏も先刻御承知と思うのに、なんで、ここだけ、近代小節っぽい筋書きを求めるのか、不思議です。ここで、源氏の留守宅で一悶着起きたなら、もう「若菜」が始まってしまう、というか、若菜の巻がなくてもよくなってしまうでしよう。(これについては後日)
そして、それこそ、源氏は救われない、なんだカンダ言っても、「若菜」は女三宮だからこそ、要するに「若菜用ヒロイン」だからこそ、そして、まだ紫上がいたからこそ、源氏に、救われる余地があったのですから。

思うに、円地氏はヒロインとして藤壺を念頭においており、どうしても紫上はそのイミテーションだという気持ちが強かったのではないか、と思うのですが・・・考え過ぎでしょうか?
それにしても、「私見」の「紫の上のヒロイン性」の章は
「紫の上のドラマは『若紫』の幼女の部分と『御法』の死の前後にあると私は思っている。」と結ばれています。
これはもう、表で何とか言っていても、円地氏自身「ヒロインは紫の上」とおっしゃっているようにも思えるのですが、これも「カラスの勝手」な解釈でしょうか?

寂聴氏は対談集「十人十色・『源氏』はおもしろい」の中で、五木寛之氏との対談の中で、五木氏の、小学校時代に読んだ、谷崎源氏の中では紫上にとても惹かれたけれど、今は全然物足りない、という感想を受けて、
「私も紫上はつまらないと思っていましたがね『女人源氏』のために何度もよく読み返してみて、いまはこの人が一番悲劇的な人だと思うんですよ。一番幸せそうに思われながら、実は人一倍苦労して、しかも、彼女だけは最後まで出家できなかったのですからね。
結局あの当時は、出家することで、死後の平安と安心を得ようとしたわけでしょうるそれが得られないままで死んでしまった。彼女の悲劇性はなんとも言えず可哀そうです。」と述べています。

久しぶりに、田辺氏の源氏物語観を引くとすれば、紫上を、良妻賢母教育の具現者のような存在として女学校で習った頃は共感できなかったそうですが、「しかし、中年になった私は紫の上が好もしくなった」と言い出して、
「私は『源氏物語』の女主人公はやはり紫の上だと思う。我々は紫の上の生い立ちから死までを、ていねいにつきあわされる。その成長と変貌を見届け、その死とともに物語宇宙も完結し崩壊するのを眼のあたりにする。
源氏が紫の上の死によって、生きる意欲すら失うのを見て、読者は感慨をもつ。紫の上は源氏によって育てられ、作られた女であるが、次第に巨きくなり、やがて源氏を超えて鬱然たる存在となった。源氏はいつか紫の上を生の拠り所としていたのである。」(「源氏紙風船『紫の上という女』」より)
と言う具合で、巷の噂ではあの劇画のベストセラー「あさきゆめみし(紫上を圧倒的ヒロインとしているらしい)」に大きな影響を与えているとも言われているわけです。


さて、私は、とここで書き出すのもおこがましいけれど、前回までも言うように、紫上の存在を源氏自身と裏表にして、ひとつに纏めて主人公と思っているのですが、最初から終始一貫、そう思っていたわけではありません。

むしろ、一番最初、小学生の時、最初に読んだ「源氏物語」では、紫上のシンデレラストーリーという感じでしたから、はは〜ん、ヒロインはこの人ね、でも私は六条の御息所の方が好きだな、という感じ方で、その時はヒロインだとは思っていたのです。(このあたりは小学生時代の五木寛之と同レベルだわ)
そこに、母などの横口が入ると、彼女は、劇化された「源氏物語」のウェートが大きいので、どうしても、藤壺に力が入ります。
お芝居や映画などでは、どうしても、光源氏が主人公ですから、その青春の蹉跌となる藤壺のウェートは弥が上にも大きいのです。光源氏の青春を彩るのは藤壺と六条御息所だ、とさえ言い切っても良いのです。(円地先生も似たようなもんだな、とはあまりにも失礼ですよね)

勿論、エピソード的に夕顔は入ってきますけれど、朧月夜も空蝉も芝居の世界では影が薄い存在です。
空蝉はともかく朧月夜は須磨流謫の原因ともなる重要なウェートを占めていると思うし、ドラマチックな存在だと思うのですが、なぜか、劇化される中では影が薄いのです。もし、空蝉にしても、朧月夜にしても、軽く扱われる原因が、主ある恋、つまり邪恋というなら、藤壺はどうなのさ!と言いたいのですが、それは考え過ぎでしょうか。

そして、小六くらいで、与謝野源氏を読むと、花散里・明石上と言うのが出てきます。花散里は、もう傍流だということは一目でわかりますが、明石上というのは、ちょっと魅力的に見えました。主役ではないけれど、一方のヒロインとしてもいいようなウェートがあるように思えましたし、いかにも、良妻賢母で慎ましやかで、「いい感じ」というように思いました。
これは、瀬戸内寂聴氏でさえ、「私は最初明石上が好きだったんだけど、今はそれほどでない」と氷室冴子氏との対談(「十人十色『源氏』はおもしろい」)で言っています。実際、氏が晴美時代に書かれた「私の好きな古典の女たち」の中では大変な持ち上げようで、もう、この本を読んだ時は、私はとうに明石に嫌気がさしていたので、えぇ〜っ、寂聴氏でさえ、こういう受け取り方をしているのかな、とくすぐったい気持ちになりました。(あ、これでは、明石上について、もう少し書き足さなくてはならないでしょうか、あんまり好きじゃない人のことは書く気がしないのですよね)

勿論女三宮は「若菜」の巻のヒロインではありますが、「源氏物語」のヒロインではありません。あ〜あ、「源氏物語」と言うのは、光源氏を筋売りにした女たちのオムニバスドラマなのね、と考えたのが、短大で彼方此方「源氏」の原文をいじりはじめたころでしょうか。この頃は、「源氏物語」をベースにしたと思われるいろいろな作品なども読んでいたので、すんなりそう考えたのです。

ところが、ある女優さんが亡くなった時、はたと、あ「源氏物語」のヒロインはやっぱり紫上だったんだ、いや、それだけじゃない、紫上と光源氏は一蓮托生、あの二人一組で源氏物語が出来上がっているのだと思い当たったのです。
その女優とは三益愛子、作家川口松太郎の妻でもあります。川口松太郎という作家は、自分でも歌舞伎に「新源氏物語」の脚本を書いているほどですが、実生活も光源氏張りに華やいだ艶福家でもありました。妻以外の女優にも子供を産ませていることはつとに有名でしたし、その他、玄人・素人を問わず舞踏会の手帳に有り余る名前があったのです。
ところが、稀代の今源氏も寄る年波、矛を収めて、妻や孫・子供たちに囲まれて幸せな老後を、という矢先、妻に先立たれたのです。両側を近親者に支えられてよろよろと出てきた老人は、あの眉目秀麗な色事師の作家ではなく、後悔にうちひしがれたたよりない老人の姿でした。それは、紫上の亡き後、「空を歩む心地して、人にかかりてぞおはしましけるを」という下りを偲ばせるに十分なものでした。
また、その時、その長女の川口晶のいった台詞がよかった!
「ママがパパを置いて先に逝ったのは、あれは、ママの最後っ屁だと思う」

そう、数ある愛人のうちならば、別れようが出家しようが勝手気まま、でも、妻なればこそ、夫を置いては出家できない、自分自身の自由を取り戻すには夫より先に死ぬしかないのです。まして、夫を先に送ってしまっては、一生その人の墓守までしなくてはならない。
現に花柳章太郎夫人は花柳亡き後、愛人が出家しても、花柳の遺産の美術品やら舞台衣装を守って暮らさなければならない。それでも、花柳夫人は、それで、やっと手許に夫を取り返した気持ちがしたのかもしれないけれど、三益愛子はもう、十二分に夫を取り戻した気分を味わい、もう、この上は、(夫に自分の噛締めた味気なさを思い知らせるには、というような俗なことよりは) 早く自由になりたい、といったところだったのかもしれません。
そういえば円地文子著「女坂」の白河倫も臨終の際、放蕩を尽くした夫、どんな盛大な葬式も臨める権力者の夫に向かって、私の葬儀などはもうけっこう、ざんぶりと海にでも放り込んで下さいませ、と言遺すのは、夫の告別を拒否した一言、私はもう自由です、あなたからもねこの世の全てからも解き放たれたのです、という宣言ではなかったのでしょうか。この作品には紫上を偽した少女の頃から白河の手許に置かれ、後に彼の愛妾になる別の女性がいるのですが、白河の漁色に耐えて生きその生涯を閉じる倫の行き方はいつか紫上の晩年の姿に重なっていくのです。

そして晶のあの一言、さすが作家の娘、というべきか、母の意志を軽やかに適切に表現したのではないでしょうか。

私は、この時、あのドラマチックな溌剌とした少女の登場から、「源氏物語」の最後を飾る死こそ、紫上が「源氏物語」のヒロインであることの証だと確信したのです。そして、また今、冒頭の円地氏の「紫の上のヒロイン性」に書かれた「紫の上のドラマは『若紫』の幼女の部分と『御法』の死の前後にある」ということばに収束されていることをも確信したのです。



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