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11月06日(土) 「女三宮−4」

ナントカ10月中に、女三宮と若菜を終わらせかたったのですが、とうとうだめでした。

女三宮は出産後剃髪し尼になりますが、源氏どころかわが子薫まで眼中にないのはどうしたことか?というような疑問を、抱いていることを、先日の最後に述べました。
これについて、書いていらっしゃる先生方はいないのですねぇ。どなたも不思議に思わないのかしら?
まぁ、尼になってしまったのだから、それこそ、俗世を離れて、当然の事ながら、わが子だとて、乳母などに預けてしまうものですが、それにしたって藤壺と冷泉帝の絆の強さを考える時、That is a question!ですよ。
かえって、源氏が柏木に似ていることに当惑しながら、屈折した愛情を感じているのは興味のわく所です,。
この後、女三宮かスポットを浴びるのは、紫上の死のちょっと前、女三宮の持仏開眼供養の折り、
源氏が「はちす葉を同じうてなと契りおきて 露の分かるる今日ぞ悲しき」と詠みかけると
女三宮は「隔てなく はちすの宿を契りても 君が心や住まじとすらむ」とねつっかえすように詠むのです。
これは、けっこう源氏も応えたらしく「『いふかひなくも思ほしくたすかな』と、うち笑ひながら、なほあはれと物を思ほしたる御気色なり。」となるのです。ざまみろ!

この女三宮が剃髪後、源氏はやたらと未練たらしく甲斐甲斐しく世話を焼きます。
もともと、自分の手の届かないものをやたらに欲しがる、という生来の悪癖から来る事で、決して、朱雀院の思惑や、若い美空で剃髪した女三宮をいとおしむ、ということではないところが、源氏らしいのです。
今更ながらの自分への素振りに女三宮も「『例の御心はあるまじきことにこそあなれ』と、ひとへにむつかしきことに思ひ聞こえ給へり」と当惑するしかありません。

そうそう、「谷には春も」ってのがありましたねぇ。
「幻の巻」ですでに、紫上が逝去しておりまして、「舞踏会の手帳」よろしく、源氏が彼方此方の女君をたずねるのですよ。慰めてもらうために、ね。
そこで、女三宮のところで「植えし人なき春とも知らず顔にて、常よりもにほひかさねたるこそあはれに侍れ」と言う訳です。すると、女三宮は「谷には春も」とそっけない返事をされて、ガクッとくるわけです。アッタリマエジャナイノ!というのは、現代、コチラガワから見ている私達の感想でして、
大体、この内親王様は、他の女君と違って、ま、そこが幼い、というのか、ナンデモはっきりいうのですな。そのへんがあの時代のお姫様として洗練されきっていないところで、軽軽しいとも思われる原因になっているのではないかと思うのですが、なんとも術がない。でも、ここは、源氏に対してざまみろの感じですね。

先ほどの「鈴虫の巻」ではタイトルにもなっている「鈴虫」の放しがあります。女三宮は朱雀院から三条に御邸を賜っているのに、ことここに至って、源氏は未練がましく、「よそよそにてはおぼつかなるべし」とかなんとか言っちゃって女三宮を六条院から出さないのです。そして、その中の女三宮の御殿の庭に秋の風情を愉しむように、と鈴虫を放すわけです。でぇー、ここが、源氏の女三宮への未練と屈折した愛の在り方を描いていて秀逸なんですと!

「源氏物語私見」で円地文子氏は、
「数年の後の秋、紫上の死の少し前、女三宮の住むあたりの庭一面に鈴虫を多く放たせて、源氏は猶離れきれない思いを琴のことによせて弾くのである。宮も琴の音に耳を傾けてきく。そのうちに夕霧やその他の公子たちが音づれてきて、琴、笛を奏でるにつけて源氏は,今は世にない柏木のことが何の折々にも偲ばれると話して、御簾のうちの尼君もその人のことを思い出しているだろうと推しはかる。
この一段は、ほんとうに何気なく書き流されたように見えるけれども、曾て北の方であったうら若い尼宮への、晩年の源氏のとりかえされぬ慕情を淡く描いたものとして、私には印象が深い。」とのべています。

と、言われて読めば、そうも思うけれど、実は、私は、そんなに感じなかったのですよ。
どうも、私は例の玉蔓の「蛍」の一件といい、こう言う類の舞台装置にかなり、鈍感らしいのです。
こういうシーンは季節感を出す風物詩と言う風に捕らえてしまう癖あり!
ただ、いい訳がましく言わせていただくならは、円地文子氏がさきの近藤富枝氏との対談中に、
「晩年の池田亀鑑先生にお目にかかったときに、『源氏』のどこが一番お好きですか、とおききしたら、『鈴虫』がいいと思います、といわれたの。私、そのときはわからなかったんですよ。−中略−私はどこがいいのかなと思っていたんですけど、その後、だんだん読んでみると、私も好きになってきたんです。」というご発言がありました。円地文子氏にしてさえ、況や、ねぇ!?

とにかく、こうして、若菜の巻から始まった源氏の晩年の地獄絵図は一応の収束に至るのですが、若菜という巻について、すこしかんがえてみたいとおもっています。 

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